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【ColoRfuLL】
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・シャルバート=極甘の砂糖水。バラ、スミレ等のフレーバーを溶かしたものや
           葡萄、ナツメ椰子、イチジク等を入れたり、種類は多数。
・ナァナァ=薄荷=ミント
・シーシャ=水たばこ。






「ナァナァは薄荷…シャーイは紅茶、シャルバートは砂糖水」


我が輩に背後から抱きしめられながら、

我が輩の手のひらにアラビア語の綴りを指先で書いても

すぐには教えた通りになど書けず結局ただのミミズだなと我が輩に罵られ

拗ねた顔で肩越しにこちらを振り返る。

それでも我が輩の顔を見るとすぐに微笑が還って来てヤコはもぞもぞと体を反転させ、

胸の中に顔を埋めてすっぽり収まった。

砂漠の国は昼と夜の温度差が大きく、日没後は割と気温が低くなる。

動いた際にずれた掛布をヤコの肩にかけ直す。と、

なんだか自分が乳児を抱く母親みたいで物凄く変な気分だ。


「アルタイルはナァナァが好き」


こしょこしょと呟くヤコの吐息が通気性の殆ど無くなった場所で篭って熱を零す。

愛撫のように肌に触れるヤコの息吹。


「うん?」


「アルタイルはシャーイにナァナァの葉っぱを一枚浮かべて、よく飲んでる」


「…ああ。貴様はシャルバートが好きだな。特に果物の」


ヤコは、うぅん、と呻いて顔を上げ、我が輩を見上げた。枕の下に片腕を入れて

頭の位置を高くしている我が輩の顔を覗き込もうと頑張っている様子が

雛鳥のようで可愛い。むかつく。可愛い。腹立たしいほどに。可愛い。苛々する。愛おしい。


「それはアルタイルが私にナァナァのシャーイをくれないから。

 私だって飲んでみれば好きになるかも知れないのに。甘いシャルバートじゃなくても」


あの清涼感が気つけの役割をしそうで怖かったなどと言いたくないから我が輩は押し黙る。

嫌われたくなかったなどと誰が言うか。我が輩は、しれっとシラをきる。


「子供は甘いだけのものでも飲んでおけ」


「子供じゃないもん。アルタイルが好きなもの、私も好きになりたいのに」


まだ媚薬が残ってるのかと疑いそうになるが、それには有り得ない日数が経っている。


「ねぇ、聞いてるの?」


「あまり囀るな。勘違いしそうになる」


「勘違い?」


「合意も得ずに女を抱くような男に心底惚れたりなどするか?」


「しないよ。どっちかって言ったら嫌う」


「そうだろうな。それが普通だ」


「…変な薬も使ってたし最低だよね」


「最低か。確かにな」


「でも浮遊する意識でも解るものがあるんだよ。ううん、理性が無いからこそ

 感覚が冴えて感じ取れたのかもしれないけど」


「何を感じ取ったというのだ」


「アルタイルは、ずっと優しかった。乱暴な時もあったけど、

 それは絶望的な感じじゃなくて…いつも、どこかに気遣いがあって…

 特に…今夜は凄く…、や、優しかった」


ヤコの頬が薄紅に染まった。

ついさっきまでの、我が輩の抱き方を思い出しているらしい。

あまり恥ずかしがるな。当事者のこっちは直視出来ん。
 

「アルタイルは、優しい」


「…偽りの優しさだ」


「それが嘘。“偽り”っていうのが嘘」


「……嘘じゃない」


「アルタイルの嘘つき」


「……」


「嘘つきアルタイルはナァナァが好き。これは本当」


「……」


「嘘つきアルタイルはヤコが好き。これは…? 嘘? 本当?」


「さぁな」


回避する。瞼を閉じる。眼には真実が現れやすい。


「ナァナァに、なりたいな」


閉じた瞼の向こうから、ヤコの儚い声がする。


「…アルタイルはナァナァが好き」


もう一度呟いたヤコの体を両腕で強く抱きしめなおして奥深く捕らえる。

鳥の巣の中で親鳥の羽毛にまどろんで眠ってしまえ。

我が輩は雛鳥の金の髪を撫ぜ、啄ばんで、愛おしみながら貴様の眠りを守ろう。

今日で最後の夜を幸福に終わらせよう。

ヤコ、なぜ貴様が好ましいのか解った。

貴様の気配は、匂いは、性質は、魂はナァナァに似ている。


「アルタイルはナァナァが好き。それは嘘偽り無く真実だ」


腕の中で世界に一つしかないナァナァが身じろぎした。

我が輩は眠ったふりをする。
















シーシャを燻らせながら息子を眺める父親の表情は

一見穏やかだが、その真意は読み取れない。年齢を重ねているだけあって

喜怒哀楽を寛容そうな表情の下に控えておくのが巧みと見える。

あの顔で、かつて謀反を働いた弟やその臣下達を一掃したのは知っている。

知っているというか、目の前で見た。当主の座を狙った者達への容赦ない処罰を。


「息子よ、父は心底驚いた。

 お前がそんなに無残にやられているのを見た事が無い。

 生け捕りにしろと言ったのは、あくまでも捕獲の意味で

 生きてるなら傷つけても構わないという意味じゃなかったんだが。

 この国の男はどうも血の気が多くていかんな。部下達には、きつくお仕置きを…」


「別に構いませんよ。流血沙汰は子供の頃から見慣れておりますし」


「ああ、そうだった。…お前には見られていたね」


「何をですか? 父上の、その微笑の下の情け容赦ないサディスティックな性質をですか?」

 
「いやいや。王族の血生臭い、哀しい歴史を」


「ええ。おかげで、よく理解出来ましたよ。

 血族であろうと謀反者は極刑にする、解りやすい報復が手っ取り早いのだとね」


「……うん、あれは言い訳出来ないな。

 私も若かったとはいえ、今は遣り過ぎだったかも知れんと後悔…

 いや、後悔はしていない。今でも同じ様にしてしまうだろう」


「ならば、さっさと我が輩も処刑なさればよろしい」


「その前にヤコちゃんをどんなルートで帰国させたのか教えて欲しいんだが。

 お前の足止めのお陰で行く先を掴めなかったと部下達に謝罪されたぞ?

 お前もボロボロだが、部下達なぞもっと悲惨だ。

 どうやったら、あの精鋭達をあそこまでズタボロに…うむ、お仕置きは要らんかもな。

 入院するはめになっとるし、十分かも知れん。

 で、それよりだな、ヤコちゃんを日本に迎えに行くなら

 やはりルートを解っていないとだな…こらこら、

 そんな子供みたいにツンツンしないでくれ。せめて、こっち向いてくれハビービィ」


「あいにく我が輩は精神的幼児ですので。あとキモい言い方をせんで下さい」


「じゃあヤコちゃんに直接訊くからいいよーだ」


「は?」


父は溶けそうな阿呆ヅラを晒して、いそいそと携帯電話を取り出し、

ぷちぷちとボタンを押し始めた。ちょっと待て。


「あ、ヤコちゃん? そうそう、おじさんだよ。いやはや、そんな怒らないでくれ。

 息子もねー、君の為を思えばこそで…、あ、代わる? うん、ちょっと待ちなさい。

 ネウロ、ヤコちゃんだよ」


鎖でガチガチに雁字搦めにされている我が輩に、

携帯電話を満面の笑顔で差し出すクソジジィ。


「あ、電話持てない? じゃあパパが持っててあげるから存分に話しなさい」


「パパって何だ、鳥肌が立ったぞ今。というか鎖を解こうとは思わんのか」


クソジジィは眼を三日月型に細めてニタリと笑った。

誰かに似てる気がするが気がするだけだ気にしたら負けだ。


「お前のこんな姿、もう二度と見られんだろうからなぁ」


ニヤニヤ顔が無性に腹立たしいが決して同族嫌悪などではない決して。

携帯電話の向こうからはヤコのきゃんきゃん喚く声が漏れ聴こえる。

大体、携帯なぞ持っていたらGPSで居所が掴めてしまうじゃないか。

このクソジジィも解っててやっているのだな。悪趣味め。


「ヤコ、貴様…なぜ携帯など持っている。

 我が輩は貴様にそんなものを持たせた記憶など無いぞ」


≪また薬使いやがって、この馬鹿プリンス!! 今度は睡眠薬ですか!

  目が覚めたら飛行機の中って、どんだけ! どんだけ混乱すると思って…!

  バカ鳥! 強姦魔! 女心の解んない鈍感男ぉぉぉ!!!≫


返って来たのは罵倒だった。


「質問に答えんと貴様が今乗っている飛行機が飛んでいる方角へ
 
 ミサイルを発射するがいいか?」


≪ピアスが携帯電話になってた≫


ヤコの即答に我が輩は再び父を睨んだ。

携帯電話の機能を持つピアス。それは発信機であり…盗聴器にもなる。

我が家の財力で造らせた超小型機器。主に諜報の意図で使われる。

私情で使われる事は…ほぼ、無い。はずなんだが。

こいつ…まさか。

愉快そうにジジィが笑う。


「だから最初に言っただろう。ヤコちゃんは娘みたいな存在だと。

 ほんとに娘になってくれたら嬉しいなぁと思ってだな。

 ちょいと罠を仕掛けてみたら若い雛鳥達は、ものの見事に」


「盗聴したのか」


「そこまではしません」


どうだか。あやしいものだ。


「それに確信も有ったんだよ。お前ならヤコちゃんを気に入るって。

 だってヤコちゃん、私が唯一心底惚れた女に…お前の母親にちょっと似てるんだよね」


「…我が輩はマザコンではない」


「知ってるよ。お前は母の顔を見たことないから。好みが似てるだけだろう」


「あんたが亡き寵妃の為に造ったという離宮に写真も何もかも有るとは聞いているが」


「有るよ。でも、」


「誰もその場所を知らない。禁域中の禁域」


「そう。今でもね。幾多の愛人を持っても結局、今もその場所が私の至上のハーレムだ」


「………ヤコを貰っても良いか?」


クソジジィはニッコリと笑った。ああ、ダメだ、やはりムカつく。

こいつの掌の上で転がされていた事がこの笑顔で益々浮き彫りになる。


「初めから、そのつもりだと言っただろう、最愛の息子よ。

 お前は私の一番残忍な面を幼少期に目の当たりにして、すっかり疑心暗鬼だが」


「弟の返り血で血まみれの父親を見れば誰でもそうなりますよ。

 わざわざ当主自らが刀剣を持って処罰するとはね。

 首切り役人など我が家には必要無いんだと子供心に思ったものです」


「弟はまずお前の母に手をかけたからね。

 外国の女を正室にした事を許せなかったらしい」


「…は」


「お前の母は、お前の伯父に殺されたんだよ。証拠を掴むまで何年もかかったが。

 …掴んだ時、私の理性は綺麗に吹き飛んでしまった」


「………」


「あれは外国人だったが、それでも正室にしたかった。

 あれが在れば妾なぞ必要なかった。というか面倒なくらいだった。

 人生に許された日数全てを、お前の母に使いたかったほどにな。

 それほど焦がれた女を殺されたら、お前ならどうする?」


ヤコを殺されたら、か?


「その犯人を殺す。というかミンチにする」
 

我が輩の即答に父は苦笑する。


「まったく、アラブの血は温度が高すぎると思わんか、ネウロ」


「そうだな、加えて恋狂いだ。いや、それはアラブの血というより貴様からの遺伝か」


「フハハ…そうかもな」


父が誰かと似た笑い声を上げたと思ったら、

直後に我が家の広大な庭の方から爆音が響き渡った。

窓硝子がビリビリと振動して宮殿が小刻みに揺れる。耳を劈く金属音。

窓の外を見やると、見覚えのある自家用飛行機が

噴水やら何やら薙ぎ倒して着陸しやがっている。


「…うわ。ネウロ、お前の花嫁の行動力、凄いなぁ」


ポカンと開いた口が塞がらない我が輩の代わりに父が窓を開け放ち、

おーい、と愉快げに両腕を振って義理の娘の帰還を出迎えた。

ハッチから物凄い怒りの形相でヤコが…いや、遠目すぎて表情までは見えんが、

怒りのオーラがぎんぎんに放出されているのは解る。なんとなく。

あとパイロットが狼狽している様子も。

どれだけ暴れたんだ、我が輩の珍妙な花嫁は。












To be continued...



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