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【ColoRfuLL】
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・ハビービィ=愛しい人、愛しい子(但し男性に対して)
・アルタイル=鳥。星の名前。織姫と彦星の、彦星の方。






優しく扱ってやることが出来なくなった。

理性より感情が先に立つ。

我々には千もの夜など許されておらず

催淫香も媚薬も止めた今、切断される此の物語はやがて無かったものとして

沈黙の中に消えていくだろう。

けれど、まだ。今はまだ、貴様は我が輩のものだ。

薬が貴様の体から完全に消え去るまでは。

此処は我が輩の所有する禁域、この小宇宙を支配する我が輩の、貴様は所有物。

此処で貴様は一度殺された。この手で殺してやった。

従順な女に生まれ変わらせ、慈しんでやった。

偽りの貴様を。偽りの慈しみで。体だけを。


「痛い、イヤ、もうイヤ、やだ、離して、離して…うえぇぇん」


子供のように泣くヤコを我が輩は許してやることが出来ない。

薬を止めたばかりで、まだ理性が戻るに時期が早いのは解っているのに、

まだ性愛の甘さだけを教えてやればいい領域に在るのに、

闇雲に、憎むように、憎んでいるように

ヤコを抱き続けるのは拷問に等しく理に叶わない。

だが、止まらない。

いい加減こちらも疲れ果てている体を

ヤコを嗜虐する道具としてだけ使い続けるのは…理に、叶うわけが。

今宵降りしきる月光は青く、ヤコの髪のように亜麻色の雨になろうとしない。

女神の機嫌は最悪。憂鬱の青さばかりが塩辛くヤコの瞳から零れ落ちる。

我が輩の汗がヤコの肌に移り、脚の間も絶えいる隙なく水音を上げ続け

この乾いた国で我々だけが濡れて異端児。

ふたりぼっちの異端児か。

フ、と思わず笑いが零れた。

幸福な響きを持つフレーズが脳内に浮かんだ事が滑稽でならない。

ヤコ。

呼ぶと涙目で我が輩を見上げるのは

一向に止まない行為に幾度も絶頂を迎えて最早疲れと痛みしか無いだろう無残な女。

忘れさせるものか。

消えない刺青のように貴様の体に刻みつけてやるとしよう。

この痛みを。

時に疼いて貴様を悩ませればいい。

我が輩は名を呼び続ける。ヤコという名の女を呼び続ける。

女は応えようとして、哀しそうに我が輩の顔を覗き込む。

教えてなどやらない。我が輩の名を呼ばせてなどやらない。

呼ぶな。呼ばれたくない。偽りの貴様になど。















我が輩の姿を見て少し怯えるようになったのは

薬効が薄れてきたのに加えて、夜毎、陵辱まがいに抱かれる事も所以だろう。

それでもヤコの顔色は日増しに良くなっていき、頬に薄っすらと薔薇色が差し始めた。

醒めていく夢の代わりにヤコが健康を取り戻すのは

それは…

我が輩を安堵させると同時に

あの少年が死んだ時のような夜が冷たく帳を降ろす。

月は今夜も青いままだが、もしかしたら本当は

いつものように黄金色に輝いているのかも知れない。

我が輩の眼に映る月ばかりが氷点下の色を表しているのかも知れない。

かつて両腕を開いて微笑みながら我が輩を迎えた、我が輩の一時の愛人は

今、部屋の片隅で窓辺に寄り添いながら、じっと動かない。

我が輩がゆっくりと歩み寄るのを凝視して逃げるでもなく歓迎するでもなく

何事かを見透かそうと己の能力を、その全神経を駆使している気配が伝わる。

気に入りの絨毯の上でペタリと座り込んでいるヤコの前に屈みこみ、

手をとって日本の菓子を乗せてやると、ヤコの眼が如何ばかりか見開かれた。

鳥を象った美しく精巧な飴細工はヤコの手中でヤコを見上げて

今にも囀り出しそうに透き通る命を月光に晒して輝かせている。

幸福の青い鳥。

そんなものを信じているわけではないが

近づく別れの時に寄せて、せめて貴様に借りを返してやる。

食を受け付けなくなった我が輩の命を今日まで繋いだ貴様に

せめて気休めの守護を。

見知らぬ国に浚われた哀れな奴隷の未来に、せめて、幸多からんことを。

だから笑え、ヤコ。

我が輩はもう貴様を抱かない。

この夜を境に。














幾日かハーレムへ足を運ぶのを辞め、

完全に薬も抜けきっただろう頃合を見計らって、ヤコの憎悪を受け取りに行く。

夢から完全に醒めただろう女は己の身の上を認識して絶望しているだろうか。

一時でも性の陶酔に身を浸していた貴様の夢は悪夢に変貌を遂げただろうか。

どれだけの憎しみをぶつけてくるだろう。

…泣いているのは、間違いない、か?

扉を開けると、いつかのように窓辺に座り込み、縁に両腕を重ね顎を乗せて、

ヤコは…あれは、微笑んでいるのか?

口角が僅かに上がっているように見えるのは気のせいだろうか。

視線の先には青い鳥が在る。

飴細工の鳥を眺めて確かに微笑んでいる。

ヤコは我が輩に気付くと一瞬息を飲み、それから微かな声で何か呟いた。

たどたどしい発音で、それがアラビア語である事を一度では気付けなかった。

近寄っても平然としているのが不思議でならない。

なんだ? と問いかけると、ヤコは飴細工を指差して


「ハ…ビービィ?」


二回目のアラビア語に、合ってる?と日本語を付け加えて首を傾げるヤコの眼には

理知の瞬きが蘇って見えるのに

そこに我が輩に対する憎悪が見当たらず、いっそ、こちらの方が戸惑う。

ヤコには日本語を解する侍女を付けてやっているのだが、

どうやら、その侍女にアラビア語のレクチャーを受けたらしい。この数日の間に。

父も我が輩も日本語でヤコに接してやってるというのに、何故わざわざ。


「この鳥をずっと眺めてたら、アラビア語で“ハビービィ”って言うのよ、って。

 女の人が教えてくれたの。アラビア語で、“鳥”はハビービィ?」 


侍女は頭をぶつけでもしたのか。


「ハビービィ」


ヤコは今度は我が輩を指差して言った。

次に、ついっと飴細工の眼の部分に指先を移す。鳥の眼は緑。

…同じだと言いたいのか?


「名前も知らないハビービィはいつも夜に此処に来るから

 だから、青いの。月の光で、いつも青を着てる。…この鳥の色と似てる空気を着てる」


青い鳥の眼の緑。

青い月光を着る、我が輩の眼も緑。


「この鳥を我が輩に見立てたのか」


こっくりと頷くヤコは、どこか恥ずかしそうに見える。

へへ、と笑って、だって似てるもの、と微笑む唇から零して


「名前を教えてくれないなら、ハビービィって呼ぶよ?」


と。

…侍女め、余計な気回しを。

おかげで今、我が輩は何やら妙に恥ずかしい。


「鳥は、アラビア語なら“アルタイル”だ。その侍女は言語障害でも起こしたんだろう」


「アルタイル? じゃあ、アルタイルって呼ぶ。かっこいい音感だね。

 でもハビービィって響きも可愛いくて好きなんだけど…ハビービィ…アルタイル、

 どっちも捨てがたいなぁ」


それは所有を意味する言葉。


『私の愛しい人』 


所有されてしまった。奴隷に我が輩が。言葉で所有された。

なぜ、こんなにも恥ずかしいのか。息苦しくさえある。

いたたまれなくなって思わずヤコから視線を外し、

手の甲で顔を隠した我が輩をヤコは不思議そうに見上げている。見るな。


「ねぇ」


ヤコの手が我が輩の手をとる。やめろ、見るな。触るな。脳髄が沸騰する。


「私、お払い箱にされたんだよね? 貴方のお父さんに」


思わぬ台詞。


「私はお下がり?」


違う。


「お下がりの私だから、もう嫌になった?」


なぜ。


「だから…此処に来なくなった? 今夜は気紛れ?」


どうしたことだ、言葉が出て来ない。

喉が塞がれる、何かに。胸の奥から込み上げる何かに。


「でもね…この飴細工をくれた時の表情とか、気配を思い出すとね、変な気持ちになるの。

 …愛されていたような、気になるの。……でも、」


ヤコの微笑が儚くなった。


「あくまでも、それは気のせいで…、さ、錯覚で…」


微笑を保とうとするヤコの瞳から零れ落ちた涙は頬を伝い

ヤコの唇まで届いて、艶かしく濡れて光る。

それは性器と同等、もしくは、それ以上に誘惑に満ちて色めく。

我が輩の舌は愛液を啜るようにヤコの涙を掬いとって、唇をなぞり、奥へ。

細い体を抱きとる腕はこの行為に慣れているはずなのに

初めて経験するかのように力の加減が解らない。脈が速い。

僅かに緊張していると感じるのは、それこそ錯覚か。


「…アルタイル」


ずっと我が輩の名を呼びたかったかのようにヤコの唇は繰り返す。

仮の名を。偽りの我が輩を。

貴様は真実の姿を取り戻したというのに、代わりに我が輩が偽りを纏う。

愛していると囁かない我が輩は確かに真実を曝け出してはいないから

やはり偽りでしかない。

どこまでも我々は、我々の運命は噛み合わない。


「アルタイル…好き。大好き」


媚薬を含まない貴様の体は、肌は

今までと違う味覚を我が輩の舌に伝えて、それは残酷に甘い。

断食の後に食事を解禁された、飢えた人々を癒す甘味は、だから

あれほどに直情的に甘いのだろうか。我が輩は飢えていたのだろうか。何に。何を禁じられて。

もう抱かないと決めた意志のあんまりな脆さに我が輩は苦笑する。

そうだな、ただ、もう一度だけ貴様を抱こう。

本心から貴様を。

我が輩は性戯に感情を吐き出す。

貴様にそそぎ込む事の許されない精液の代わりに唇へ流し込む唾液で

その身に孕め。我が輩の心を。

貴様は我が輩の初めての恋の相手、情人。

この恋を身篭って、他の男のもとで咲かせるがいい。












To be continued...


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