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【ColoRfuLL】
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最終夜。





 

「おまえら、女の意思を無視しすぎです!!!」


涙をボロボロ零しながら、ピスタチオがふんだんに乗ったクナーファを口へ運ぶヤコは

我々親子を罵るやら喰うやら泣くやらで忙しい。

というか喰うのだな、こんな時でも。何があっても。


「国が違うからって、私は納得しないからね! 男尊女卑反対だからね!」


クナーファはシロップをかけないと、さほど甘くない。

砂糖水とレモンを煮詰めたものをかけてから、ヤコの口にギュッと入れると

ヤコは一瞬、もがっ、と喘いで、むぐむぐと咀嚼し飲み込んでポワンと頬を染め、


「もっと」


と濁った目で涎を垂らした。

うむ。面白い。この女を餌付けするのは我が輩の趣味になりそうだ。

鳥の巣を象った焼き菓子や、デーツ餡を包んだものなど次々に口に放り込む。

咀嚼が間に合わず飲み込めないでいるので

ミントティをグラスを傾けて飲ませてやると、んぐぅ、と呻きながら飲み下した。


「げほごほ、ちょ、いくらなんでもペースが早いペースが。私怒ってるんだからね、

 抗議する暇くらい与えてよね! はうっ」


使用人がサフランのケーキを大皿に乗せて持ってきたので

我が輩がそれを受け取って


「うむ。存分に抗議するが良い。聞いてやる」


と皿を持ったまま飄々と笑ってやるとヤコの口からまた涎が零れた。


「あ、う、だから、人浚いで愛人を囲うのが、まず間違ってるわけで」


ヤコの視線は我が輩の持つ皿の上を凝視して動かない。

目の前に山ほど並んだ数々の菓子より、

我が輩の持つ食物が一大事なのは相変わらずらしい。


「ヤコ、父上は無闇に愛人を囲っているわけではない。

 人身売買の被害者のうち明らかに未成年と思われる者を買い取り、

 愛人になりたい者は残すが、そうでない者は早々に帰国させてやるのが常だ。

 要は保護が第一の目的で父上はオークションに出かけていく。

 オークションに女を調達するのは、我々と何ら関与しない犯罪組織の奴らばかり。

 かと言って全員助けてやるのは大人の事情で色々と困難な故に現況に留まっているが」


「へ? でも、私は…? 割と長い間おじ様の方のハーレムに居た気がするけど」


我が輩は父を横目で冷たく眺めた。

父はシーシャを咥えたまま我が輩の視線に気付かないふりを決め、

ヤコの様子をニコニコと眺めている。

息子の嫁にしようと思って帰国させなかった、などと

それこそ物凄い我儘、エゴ、人身売買と同等の罪ではないか。

犯罪者め。我が輩も同罪になるのだろうが。


「我が輩が、ねだったのだ。変な生き物が在たらペットに欲しいと。

 父上はうっかり貴様を人間ではなく未確認生物だと思ったのだろう」
 

父がゆっくりと我が輩に視線を移す。

今度は我が輩が気付かないふりをした。


「変な生き物ぉ!? ペット!? み、未確認生物って! 失礼なっ」


サフランのケーキに伸びるヤコの両手をひょいひょいと交わす。


「優しい父上は願いを叶えて下さったというわけだ。

 端的に言えば子を甘やかしたがる親の愚行そのものだがな。 

 どんな女でもすぐに飽きてしまう困った息子に、これならと貴様を賜って下さった。

 狙い通り息子は初めて飽くことなく女のもとに通い続けた。いや、女というか

 未確認生物のペット小屋へ」


「誰が未確認生物だ、ペット小屋とか言うな!」


「小屋がイヤなら離宮を造るか。妾を囲う場所ではない。

 本当の意味でのハーレム(禁域)を」


「本当の意味…?」


「ハーレムとは、世界的には愛人達を幾人も囲う場所と思われてしまっているが

 その実の意味は“禁域”。誰か一人でも愛する者を住まわせれば、そこがハーレムとなる。
 
 だから、ヤコ」


「……」


「貴様だけの檻を造ってやろう」


「小屋より酷い!」


「ハビービィ」


この呼び方を気に入って、やたらと使いたがる父の呼びかけを無視する。

これでは盗聴していたと暴露しているようなものだ。

変態エロ親父め、我が輩の半分がこの男で形成されているなどと信じたくない。


「ハビービィよ」


「…ね、ねぇ、呼んでるよ」


「何も聞こえん」


「ヤコちゃぁん、息子が無視するよぉ」


泣きべそをかいているふりをしてヤコに抱きつこうとするエロ親父に

思わず我が輩は壁に飾ってあった新月刀をぶん投げていた。

しまった、我を忘れた。

ギリギリのところで父の真横を突っ切って壁に突き刺さった刀剣は

びぃんと音を立てて震え、その横で父も青くなって震えている。

僅かに引き攣り笑いを滲ませながら。


「な、何やってんの!? お父さんになんて事すんの!」


「お許し下さい。無意識でした」


「嘘だ絶対嘘だ、謀反だ~」


「泣くな鬱陶しい、いや、お泣きにならないで下さい。

 わたくしは父上の第一の臣下。無意識でなければ今のような振る舞い、絶対に致しません。

 無意識でなければ


「つまりお前に我を忘れさせるなという事だね…」


「出来ましたら、そうお願いしたい」


「息子が怖いよー」


「謀反は致しません」


ふいに真剣味を帯びた我が輩の声に父上の表情が悪ふざけを止めた。

我が輩は片膝をついて跪き、胸に手をあて頭を下げる。忠誠の証として。


「わたくしの望む妃を賜って下さった、父上の御恩に報いましょう」


全てを見透かすような、いつもの微笑で父は我が輩を眺める。


「…そうか。お前ももう独りではなくなった。護るものが出来たね」


「はい」


先程までは割と普通の父子のように見えていたのだろう、

唐突に主従の差を顕す遣り取りを交わす我々を、ヤコがポカンと眺めている。

が、その手は我が輩が放置したサフランケーキに伸びている事は知っているぞ、ヤコ、

貴様は我が輩より食い物か、憎たらしい。


「母の離宮を使っても構わんぞ」


「は?」


「お前の妃の為のハーレムに、お前の母が住んでいた宮殿を使って良いと言っているのだ」


「…ですが」


「不服か?」


「そうではなく…並々ならぬ思い入れがございましょう禁域…いえ、

 父上にとっては聖域と言っても過言でないのでは?」


「だからこそ、お前達に贈ってやりたいのだよ。父からの結婚祝いの一つと思えば良い。

 最愛の息子、そして娘よ」


「おじ様…」


ヤコが潤んだ眼で父を見ると、父の顔がフニャリとふやけた。

父の威厳はこの娘の前では微塵も無くなってしまう。

世の父親というのは娘には殊更弱い生き物らしいが、ヤコは義理の娘だぞ。大丈夫か。


「おじ様でなく、お父様と呼んでおくれ」


「お父様?」


「うんうん、パパでも良いよ。はい、せぇの」


「パパ」


「あぁあぁあ~~~、やはり可愛い!

 息子の嫁には勿体無かったかも知れなハビービィお前いつから二刀流に!?」


「おや、いつのまに」


本気で我を忘れる自分が若干怖い。若干だが。


「やはり母上の宮殿は父上だけのハーレムですので辞退致します」


「え~、なんで。せっかく、あの思い出の場所に妃を若返らせたようなヤコちゃんが
 
 住んでくれたら私も目の保養に」


「だからだ!!」


父上以外はその場所を知らないという母の離宮、ということは

父上は知っているわけではないか、これからヤコが住む場所を。


「ヤコにはヤコの宮殿を建てます。それは我が輩だけが知っていれば良い。

 母上にそうしたように、ヤコにもアマゾネス並みの女SPと侍女を用意しますから

 父上は何のご心配も要りません。では、そろそろ失礼致します、頭が痛くなってきた」


サフランケーキを頬張るヤコを抱えて、

しくしくすすり泣くアホ親父を置き去りに我が輩は我が輩のハーレムに帰る。

かつて唯一人の女だけを住まわせた場所に。もう一度、その女を閉じ込める為に。













「うん、ミントティ美味しい!」


アラビアングラスを傾けて我が輩の好物を飲むヤコを可愛いと感じた途端

先程のエロ親父が思い出されて我が輩は絶望的に頭を抱えた。

ああ、同じ血が流れている、我が輩にも。

恋狂いの血。

愛する女の為に身内でさえ八つ裂きにする男の血。

…しかし、それほどに愛した女に似ているという娘を前にして自ずから手をつけず、

我が子の好みに違いないと判断して譲るあたりは…一途と言えば…まあ、間違いなく一途だ。

どんなに似ている女が現れようと父にとって妃は一人ということか。

我が輩の母、その一人だけだと。

では、その父の恋狂いの血を継いでいる我が輩も、また。

唯一人の女しか愛せない奇妙な種なのだろう。


「なぁに、まだ頭痛いの? ミントティ飲む?」


こっくり頷いた我が輩にヤコがグラスを差し出すが我が輩はそれを手で押し返した。


「我が輩はナァナァが好きだ」


「うん、だから、これ」


「それではナァナァのエキスが足りん」


「へ? でも結構香り付いてるけど…」


我が輩はクッションに寄りかかりながら、ヤコが気付くまでニヤニヤと繰り返す。

きっと、父親と似た薄笑いを浮かべている。


「ナァナァ、髪がまた少し伸びたな」


髪を梳いてやる我が輩の指に身じろぎしてヤコが一瞬眼を見開いた。


「どうした? 我が輩にそれを飲ませてはくれないのか。独り占めとはずるいぞ。

 アルタイルはナァナァだけが唯一の好物なのに」


ヤコの頬が染まっていく。

瞳を伏せ、ナァナァのシャーイをしばらく見ていたが

やがて口に含み、我が輩の口内へ桃色の唇から透き通る香りが運ばれた。


「ナァナァは…アルタイルの本当の名前が知りたい」


濡れているのは唇だけでなく、声も、瞳も潤んで揺れている。

その様子にほだされ、我が輩はヤコの手のひらにアラビア語で名を綴ってみた。


「ネ…ウ、ロ」


「ほう、読めるか」


「合ってる?」


「今度は合っている」


「今度は?」


「ハビービィは間違えていたからな」


「ああ、そういえば。結局ハビービィって、どういう意味? お父さんもそう呼んでたけど」


「さぁ。忘れた」


「嘘だぁ! 嘘つきなんだから」


「ヤコ」


「ん?」


「なぜ戻った? せっかく逃がしてやったのに」


「…・・・あいにく、今時の日本女子に大和撫子は少ないんだよね。

 生きたい処に行くの。自分の意志で」


「…自らの意志で籠の鳥になりたいのか」


「ならないよ。私には夢が有るもん」


「夢?」


「うん、私、交渉人になるのが夢なの。

 色んな人と話して、交渉して、事件解決するの」


「…交渉人ね」


「あ、バカにしてるでしょ。なれないと思って」


いや。なれるだろうよ、貴様なら。

我が輩の本質を見透かそうと我が輩を射抜いた瞳。

初めて出会った夜も

媚薬が薄れた夜も

今も変わらない貴様の理知。

そして媚薬に侵されていた日々にも、ありのままだった貴様の感覚と心。


「ふむ。だが、危険な職業だな」


「そう? そんなに?」


「此処へ自ら戻って来るほどの世間知らずでは、せっかくの才能も成り立つまいよ」


「…戻って来た事が、“世間知らず”?」


「世間知らずだ。この国は貴様が思っている以上に油断ならない国。

 現に貴様、浚われて挙句処女を失ったではないか」


「だッ、誰が奪ったと、」


「それで済めば幸運な方だ。売春宿に売られれば処女を失うどころの話ではない。

 文字通り身を切り売りされ、誰の子とも知れぬ子供を意図的に孕ませられ、

 その子も女なら長じて後、母と同じ目に合わされる。男子なら女衒に。

 そんな人間ブロイラーが数え切れないほど存在しているのを貴様は知るまい」


ヤコの顔色が血の気を失って青ざめる。

想像より酷い現状に漸く恐怖心が湧いたか。


「…お父さんは少しでも被害者を無くそうとしてるんだね」


「しかし、果てが無い。犯罪組織が多すぎるのだ。

 我が輩は父のしている事にあまり興味が無かったが、今なら理解出来る気がするな」


「今なら?」


誰かを愛する事など一度もなかった頃は当然ながら他者に興味も無く、

第三者の不幸も単なる現実として受け止めていただけだった。

いや、受け止めてさえいなかった、行き過ぎていくだけで。

毒味役が次々と死んでいくのと同じように。

我が輩一人で何が出来ようか。

そんな無力感に浸かりながら、ただ虚無を見つめていただけだ。

多すぎる人間達の営みは渦。

その闇の坩堝、混沌は返って無にも等しく眼に映った。


「…コーランを聞いた事が有るか?」


「コーラン? …あの日に聞こえていたのが、そうなら」


「少年の声のか?」


「うん」


「覚えていたか」


「忘れないよ。怖かったのを、あの声が少し和らげてくれたから」


「…そうか」


ヤコの腕を引いて胸に抱き寄せると

あの夜を思い出したのかヤコは僅かに震えて、それでも我が輩の胸に頬をすり寄せてくる。

我が輩は、あがなっても許されない罪を抱いて懺悔の言葉を織り上げる。

だが許さなくていい。一生憎んでいい。


「その少年はもう在ない。我が輩の毒味役を全うして死んでしまった。

 我が輩がコーランの読み方を教えた、我が輩の唯一の生徒はあっけなく死んだ。

 あの少年は…あの少年と同じ境遇の人間は次々と生まれるし、

 今も売春宿では女達が地獄を味わっている。一歩間違えば貴様もそうなっていただろう」


「……ネウロ。泣いてるの…?」


ポツリポツリと呟く内に、天上を眺める両眼から自然と涙が落ちていた。

泣いている、と言われなければ気付かなかった。自分の涙に。


「そうか…誰かに執着した事も無かった我が輩は、酷く子供だったと見える。

 自分の為に死んでいく使用人や、会った事も無い娼婦達の為に

 父上が何故あれほど心を痛めていたのかを理解出来ない程に」


「…今なら、解るんだね」


我が輩は体を反転させてヤコを組み敷き、そのまま縋るように華奢な体を抱きしめた。

細い。脆い。力を込めすぎたら壊れてしまうに違いない体。

そういう体をした少女達が今も真っ暗な坩堝の中に数え切れないほど放り込まれている。

中にはヤコに似た魂を持つ少女もいるかも知れない。可哀想に。可哀想な幾多のヤコ。


「ねぇ、ネウロ。じゃあ手伝ってよ」


「…手伝う?」


思いの外、明るい声でヤコがねだるのは相変わらず宝石でも衣服でもなく。


「うん、交渉人の私を助けてよ。

 それで一緒に此の国の闇を喰べちゃえば良いんだよ」


「…まだ、なってもいないくせに」


「なるもん」


「だから危険な職業だと、」


「だから助けてよ」


「………」


つまり、それは。


「我が輩が貴様の助手でボディガードというわけか?」


「うん!」


呆れた。

一国の王子を助手にだと? この我が輩を?


「それで沢山助けよう。沢山の子供達、大人達も、それから…

 数え切れない私の分身達も、助けよう」


「交渉人の範疇を超えている気がするが」


「大丈夫大丈夫、ネウロが在てくれるから。ネウロって、すっごく頭良いんでしょ? 

 しかも運動神経も人並み以上だってネウロのお父さん…えっと、パパ? が、

 自慢してたもん、私がまだパパのハーレムに居た時に。息子は魔神みたいだって」


「しかし王子の身ではそう軽々には立ち回れん」


「変装すれば良いじゃない。スーツでも着てさ。…似合いそうだね、スーツ。

 で、私も離宮に入るなら、ネウロ王子の“誰も見たこと無いお妃”になるのよね?

 それって好都合だよねぇ。外に出ても誰も私の身の上を知らないなら、

 ネウロよりは私の方が動きやすいだろうな。

 ネウロの事は知っている人は知ってるだろうし。上流階級の人達とか。

 と言っても、あんまり、そういう類の人達とは会わないだろうけど。

 私達が会うのは警察や犯罪組織や、それに苦しんでいる人達…だからね」


「まるで決定事項のように話すではないか」


「だって。喰べちゃいたいんでしょ? この国の闇を」


「…まぁな」


「ネウロなら出来るよ。なんたって王子様だもん。

 いざという時は権力も振りかざしちゃえば良いんだよ、水戸黄門みたく!」


「何?」


「水戸黄門、知らない? さすがに知らないか~、いくら頭良くてもねー」


「徳川御三家の一統である水戸藩の藩主。徳川光圀」


「…ぅげ。そんな事まで」


「ふん。貴様となら、瞬く間に喰ベ尽くしてしまうかもな」


「ん?」


「その時は世界に出るか。世界中の犯罪を喰い散らかしに」


「…うん!」


さて。そうは言っても、どこまで出来る事やら。

だが、我が輩は笑わずにいられない。

この無謀な女の夢とやらに、発言に、希望に。

我が輩が笑えば女も笑う。つられて笑う。

まったく。呆れる。ほとほと呆れてしまう。女にも、この女の笑みを護りたい自分にも。

どうやら、この女を始終閉じ込める事は出来ないようだ。

だが。


「但し条件が有る」


「条件?」


「夜は鳥籠に戻れ」


「……」


「アルタイルの褥には安定剤のナァナァが必要だからな」


「…ぁう」


先程まで勝気に夢を語っていたのが嘘のようにヤコは恥ずかしげに

もじもじと我が輩の服を両手で掴んで捏ね繰り回している。

その仕種に欲情するから止めろ。話が続けられん。


「あのね」


「うむ」


「私ね、心配事が一個あるの」


「む?」


「この国って一夫多妻制だよね」


「ああ」


何が言いたいのか解った。


「ネ…ネウロも、沢山…」


「我が輩は先天性障害者だ」


「う?」


「どうやら遺伝的欠陥らしい」


「??」


「生涯、一人の女しか欲しくない。と、言う“やまい”だ」


「…病気ですか」


「貴様には、その被害者になってもらう」


「被害者って」


「例えば人生に許された日数が千日だとするならば

 その千の夜を全て我が輩に差し出せ。解ったか?」


「……」


「イヤか?」


「ううん。でも、あと一日欲しい」


「一日? 何の為に」


「パパに親孝行する日。二人で」


「要らん」


「ダメ、するの。それから私のお母さんにもね」


「…なぜ母親だけなのだ」


「私のお父さんは殺されたの。事件に巻き込まれて」


ああ。

なるほど、それでか。

貴様は一度失っているのか、かけがえのない者を。

それゆえの、その夢か。


「よし。ならば挨拶に行くか」


「挨拶?」


「日本では嫁を貰う時、こう言うのだろう? “お嬢さんを僕に下さい”」


ヤコが吹き出した。

そんなアンタは想像出来ないとか何とか言いながら腹を抱えて笑っている。


「そうでもないぞ、我が輩は演技派だ。王族たる者、猫くらい被れんでは勤まらん」


「時々剥がれてるけどね」


笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を舐めるとナァナァの風味に似て心地良い。


「ヤコ、我が輩はまだ貴様の返事を聞いていない」


「あ・・・」


ヤコは再び顔を染めて俯き我が輩の服を弄って、挙句、ぱく、と咥えてくちくちと噛み出す。

どう見ても照れて返事が出来ないでいる様子なのだが

ああ、もう限界だ。襲うぞ、襲ってやる。


「ん、きゃっ、ネウロ、ちょ、待って、零れちゃう、シャーイが零れ…」


ヤコが持つグラスから清廉な香りの雨が降る。

夢は覚めたが、また新たな夢がその香りを伴い風に乗って流れ来る。

今度は決して覚めやらぬ無限の夢が。


「ヤコ、一夜だけは妥協してやるというのだ。だが残りの千日は」


くすぐったさと快楽に溶けそうな笑みでヤコが囁いた。


「はい。我儘な王子様に私の千の夜をあげる。…だから、ネウロの千の夜を」


「貴様にくれてやる。それが神の思し召しなら」


「インシャーアッラー(神のお望みのままに)?」


「えらいぞ、ヤコ。この国で最も頻繁に使われる言葉を覚えたな」


誉めてやるとヤコが嬉しそうに照れて笑った。

もっともっと覚えていくだろう、砂が水を飲み込み緑を芽生えさせるように

この娘は我が輩の二人目の生徒となって、あらゆる言語を飲み込み

やがてはそれらを翼に変えて世界を飛びまわるようになる。

だが貴様の止まり木は此の国、この我が輩のハーレムであることは忘れるな。

我が輩の青い小鳥。小さな女神。ヤコ。










fin.


 

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