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【ColoRfuLL】
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・ラマダン=断食月。
・アラベスク=幾何学模様。

※文中でネウロが蝋燭の火を素手で消していますが絶対に真似しないで下さいm(_)m
  出来る人にしか出来ません。






食い意地の張った娘には豪奢な宝飾品や衣裳より

年頃の女の細胞を構成するような甘い菓子の数々を。

案の定、溢れ返る貴石や色とりどりの衣服よりヤコはこれを喜んだ。

贅を尽くした食事の合間にも、飽くことなく甘味をたいらげていく様は壮観だ。

この国の宗教的慣習であるラマダンの影響で、国民の多くは甘味を好む。

結果、頭が痛くなるような甘さの物も少なくないが

ヤコはそれも厭わず全て旨そうに胃に収めていく。

さすがにこれ以上は腹を壊すのではないかと

もう幾つめか解らない揚げ菓子をその手から取り上げると

ふぇ、と涙目になり物欲しそうにこちらを凝視して動かなくなってしまった。

…正確にはこちらを、ではなく、取り上げた菓子を、だが。

腕の中にも、そこかしこにも菓子の類は山と有るのに

奪われた事が悔しいのか、我が輩の手中の物に執着している様子が

妙に愛おしくて思わず眼を細めた。


「そんな顔をするな。我が輩が子供を虐めているみたいではないか」


言いつつも見せつけるように意地悪く笑んで略奪物をパクリと喰らってやると

ヤコは、あー! と甲高い声を上げて我が輩に飛びついて来た。

ヤコの腕の中からバラバラと菓子が落ち、我が輩の手にしていたミントティが

グラスから派手に飛び散って押し倒された身の上にぴしゃぴしゃと。

イランイランの香にミントの清涼なエキスが横入りして空気中に飛散し

それは毒抜きのように夢を醒ますのではないかと一抹の影が過ぎる。

夢…。誰の夢を。

ヤコは我が輩の口中の菓子を舌で奪い返そうと頑張っている。

それほど咀嚼していなかったとはいえ、既に我が輩の唾液に溶け始めた食物を

ヤコは平気で食んで屠って飲み込んで、幸せそうに笑う。

気味悪くないのか?

いくら正気が遠いとは言え、他人の唾液まみれの食べ物。

試しにもう一度、別の菓子を口に含む。

はうぅぅ、と怒るヤコの頭を掴んで身動きを奪い、

十分に咀嚼したところで手を離してやると、やはり先程と同じように舌で口中を弄ってきた。

ぐちゃぐちゃになった菓子を啄ばむ様子は

食物を求めて親鳥の喉に頭を突っ込む、まるで雛。

口中の菓子が無くなると唇を離し、極めて甘い菓子を選んで

また楽しそうに喰べ始める。

ふむ。

我が輩も甘味は嫌いではないが、甘すぎるのは不得手だ。

けれど。

ヤコの顔を両手で挟み、唇を舐めると一瞬呆けた表情になった。

その隙をついて、ヤコの口中の酷く甘いものを舌で掬い取る。

ヤコの唾液でドロドロになった食べ物が口内に拡がり、喉を通って胃に落ちて。

…あ。

血が、集まる。

はぁ、と熱の込もる息がヤコの口内に流れ込んだ。

それが我が輩の発情の印だとヤコはもう知っている。

我が輩の発情につられるのかヤコの気配もまた雌のいやらしさを滲ませて

蕾が花開くように腕を拡げ我が輩を抱きしめる。

花の奥深く、堕落していく自分をイスラムの神は決して誉めはしないだろう。

これが、千と一夜の、数日を経た辺り。













幾らか髪が伸びたのに気付いたのは

ヤコが鬱陶しそうに頭を振る仕種をするようになったせいだ。

髪を切ってやってもいいが、その為には此処に我々以外の人間を入れねばならず

なんとなく、それは憚られた。

もちろん侍女などといった使用人も居ることは居るのだが

用事を済ませると速やかに持ち場に戻ることを常としている。

だが、髪を切らせるとなると。相応に時間が掛かるし

何よりも我が輩以外の者がヤコの髪に長々と触れるのは避けたい。

髪に触れる行為は体を交わす事以上の性愛だとは心理学の本からの受け売りで、

まるっきり信じているわけでもないが、否定するには

その行為は…少しばかり淫靡ではある、間違いなく。

ふと、これは独占欲かという考えが及ぶが、この娘は父への献上物なのだ。

その体に触れるのは、たとえ髪の毛一本といえども

我が輩より他にもう存在してはならない。

そう、だから。


「ヤコ、好きなのを選べ。どれでも良いし幾つ選んでも良い。

 全部欲しければ、それでも良い」


取り寄せてやった髪飾りは、どれも一級品の宝玉や素材を使ったものばかり。

目移りするか、或いは全て欲しがるかと思ったが

ヤコはそれらを眺めると大した時間も経ずに一つの髪飾りにスウと手を伸ばした。

数珠繋ぎに連なるエメラルドがヤコの掌で緑色に瞬いている。


「一つだけで良いのか? 他には要らないのか」


ヤコは頷いて、それを飴玉でも舐めるように口に含んで、もて遊び始めた。


「こら、喰うな」


取り上げてヤコの髪を結ってやると、不満そうにこちらを睨んでいるから

身を屈めて、ふてくされた顔を覗き込み、なんだウジムシ、と言ってやったら

ベロリと眼球を舐められた。

…喰われるかと思った。

髪に触れるのも眼球を舐めるのも高度な性技ではあるが

我が輩はそこまでは教えていない。にも関わらず

ヤコはやたらと我が輩の髪に触りたがるし、隙あらば眼球を舐めることを覚えた。

どうやら、その際の我が輩の反応が嬉しいらしいのだが

一体、我が輩はどんな顔をこの娘に見せているのか想像もつかない。

この辺りで、千と一夜の十数日目。









 




王侯貴族の歴史に血の匂いが付き纏うのは何処の国でも同じ。

暗殺に毒薬が使われるのも、ありふれて日常に近い。

だから毒味役に抜擢される者の身分はそう低いものでもないが、しかし高いわけがない。

先日、その毒味役の幾人目かが死んだ。

我が輩はその人間の顔を必ず見に行く。

生きる為に喰い、生きる為に死んだ者の顔を。

生きる為に、その職に従じるしかなかった者の顔。

弔いのつもりかどうかは解らん。我が輩は我が輩の感情の名を知らない。

行動の源であるだろう、ものなのに。

特に親密でもなかった使用人の死顔を見て一体、自分は何事を感じているのか。

網膜に焼き付けておきたい衝動に駆られるのは何故だろうか。

どうせ誰が死んでも、表情を歪めることさえ出来ないくせに。

ただ見つめるしか、出来ないくせに。

だが今回ばかりは少し違った。

此度に死んだ毒味の者の顔を見た時、吐き気が込み上げて

耐え切れず嘔吐を繰り返した。

一度眼に焼き付けてしまった顔は、ともすれば些細なきっかけで蘇り

その都度えずきが神経を侵して煩わしい。

何だと言うのだ。

ただ数回コーランの読み方を教えてやっただけ。

我が輩とヤコの最初の夜を彩った声の持ち主。

歳の頃は14か15ほど。

拙くはあるが賢しさを湛えた、あの読誦に興味を持って

戯れに声の持ち主をつきとめたりしなければ。

単に毒味役の少年が死んだという現実が行き過ぎていくだけだったろうに。

ヤコを抱きながら我が輩の理性が消えていくのを自覚したのは、

あの読誦が比例して遠くなっていったから。

現実と夢の境界線に霞をかけた、あの独特の韻律はもう永遠に息絶えた。

二度三度、数度、授業してやる毎にみるみる成長を見せるのが面白かったのに。

知性を感じさせる少年の雰囲気は低級の奴隷とも思えず

身分を問うと只の使用人だと笑って答えた。

単なる使用人。我が輩の食事の毒味役。不完全さが美しかった音色。












サフランを使った丸いケーキを喰べる時のヤコが好きだ。

外国の古代神、ティタン巨神族の一人が

宇宙を駆け抜ける、はねっかえりの女神が

月を捕らえて涎を垂らしながら満月を喰らっているように見える。

何を喰べていても幸福そうではあるし

何を喰べている様を見ていても飽きないが

その菓子を喰うヤコは宇宙さえ手玉にとってパトロンにしているようだ。

ぼんやり眺めているとヤコが珍しく食べかけのケーキから唇を離して我が輩を見た。

ただ、じっと我が輩を見つめるばかりで何も言わない。

何かは言いたげだが言葉が見つからないといった様子で。

催淫と催眠の副作用で母国語さえ片言になっている今のヤコでは無理もない。


「なんだ? アラブの菓子に飽きたか?」


どうにか微笑を取り繕って言葉をかけるのは

ヤコの笑顔を引きずり出すため。

貴様は笑みを消すな。幸福の気配を消すな。なぜ不安げな顔をしている。

我が輩が笑えば、いつもなら貴様もつられて笑うのに

なぜ今は一層哀しそうに我が輩を見る。

ヤコはおもむろに、はむ、とケーキに齧り付いて少し咀嚼すると我が輩の唇に口づけ、

それを舌にのせて我が輩の口内に運んだ。餌付けのつもりか。

こく。

我が輩が飲み込むのを見とめてヤコは安心したのか、何度も親鳥の真似事を繰り返す。

自分の食べ物を奪われた時は、あんなにも怒っていたくせに。

それにしても食物が素直に喉を落ちるのは何日ぶりか。

少年の死顔を見て以来、

水とヤコの体液以外を受け付けなくなっていた我が輩の内臓が

これをきっかけにまた正常に動き出した。妙なものだ、実に。

ふと気付けば

千と一夜の…

うん?

…もう、何日目だ?
















日付を数える毎にヤコの青白い肌が

アラベスクを刻んだ窓硝子から射す月光に、奇妙に映えていく。

健常な肌の色ではなくなっていく。

中毒者の域に一歩足を進めた禁色の。

夢物語が現実の足音を聞きつけ悲鳴を上げて逃げ惑うのを感じる。

…アラームが鳴っている。割れ鐘の如き、やかましさ。

よく催促が来ないものだと思うが

まあ当主である父の忙しさと愛人の数を思えば

多少の時間のルーズさは、それで許されているのだろうが

これ以上長引くとさすがに訝しく思われる。

いや、それ以前に、何よりもヤコの体が持たない。

一刻も早く催淫の香を消し、食事に混入してきた媚薬も取り除き

体から薬を抜いてやらなければならない。

我が輩が舌打ちしたので、ヤコが怯えてビクリと震えた。


「…違う、貴様に怒っているのではない」


安心させるように抱き寄せると

ヤコは素直に我が輩の胸にこてんと頭を預ける。

小さな頭だ、たいして脳ミソも詰まって無さそうな。

それでも我が輩の読めない、我が輩の感情を代わりに読み、食事をさせた。

理知を忘れかけている様子だったのに

本当は何も失われず

ヤコはヤコのままだったのだろうか。いや、そんなわけはない。

そうであったなら、こうして我が輩に身を預けたりしない。

甘えたりしない。

我が輩の口内の食べ物を求めたりしない。

我が輩の眼と同じ色の髪飾りを選ばない。

抱かれるだけでなく、我が輩を抱いてやろうと奮闘してみせる様子には

もしや恋われてるのかと錯覚に陥りそうにもなった。

だが、違う。

すべて違う。

すべては我が輩の予定調和。

なのに自ら書き記したシナリオの行方が姿をくらまして

ここまで物語を長引かせてしまったことに怒りが込み上げる。

ヤコをやつれさせた迷走は我が輩の、我が輩だけの調律が狂ったからだ。

なぜ、どこで、いつのまに。

もしかしたら、最初から。



キャンドルの火を素手で握り締めて消すと

ヤコが眼を丸くして我が輩の掌を広げて眺めた。

火傷の痕が無いのを不思議そうに指で触れて確かめる。

慣れれば火傷せずに、こうして消せるものだ。

蝋燭の灯くらい。こんな小さな火、ならば。

そんなものより

この見知らぬ感情の方をどうにかしてくれ。

教えてくれ。

大きさも深さも高さも形も色も温度も解らない。

薬の効果が消えれば消えていくほどに

我が輩を嫌っていくだろう貴様の、近い未来に感じる、この…

涙が出そうな、この感覚の名を。











To be continued...


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