「ナァナァは薄荷…シャーイは紅茶、シャルバートは砂糖水」
我が輩に背後から抱きしめられながら、
我が輩の手のひらにアラビア語の綴りを指先で書いても
すぐには教えた通りになど書けず結局ただのミミズだなと我が輩に罵られ
拗ねた顔で肩越しにこちらを振り返る。
それでも我が輩の顔を見るとすぐに微笑が還って来てヤコはもぞもぞと体を反転させ、
胸の中に顔を埋めてすっぽり収まった。
砂漠の国は昼と夜の温度差が大きく、日没後は割と気温が低くなる。
動いた際にずれた掛布をヤコの肩にかけ直す。と、
なんだか自分が乳児を抱く母親みたいで物凄く変な気分だ。
「アルタイルはナァナァが好き」
こしょこしょと呟くヤコの吐息が通気性の殆ど無くなった場所で篭って熱を零す。
愛撫のように肌に触れるヤコの息吹。
「うん?」
「アルタイルはシャーイにナァナァの葉っぱを一枚浮かべて、よく飲んでる」
「…ああ。貴様はシャルバートが好きだな。特に果物の」
ヤコは、うぅん、と呻いて顔を上げ、我が輩を見上げた。枕の下に片腕を入れて
頭の位置を高くしている我が輩の顔を覗き込もうと頑張っている様子が
雛鳥のようで可愛い。むかつく。可愛い。腹立たしいほどに。可愛い。苛々する。愛おしい。
「それはアルタイルが私にナァナァのシャーイをくれないから。
私だって飲んでみれば好きになるかも知れないのに。甘いシャルバートじゃなくても」
あの清涼感が気つけの役割をしそうで怖かったなどと言いたくないから我が輩は押し黙る。
嫌われたくなかったなどと誰が言うか。我が輩は、しれっとシラをきる。
「子供は甘いだけのものでも飲んでおけ」
「子供じゃないもん。アルタイルが好きなもの、私も好きになりたいのに」
まだ媚薬が残ってるのかと疑いそうになるが、それには有り得ない日数が経っている。
「ねぇ、聞いてるの?」
「あまり囀るな。勘違いしそうになる」
「勘違い?」
「合意も得ずに女を抱くような男に心底惚れたりなどするか?」
「しないよ。どっちかって言ったら嫌う」
「そうだろうな。それが普通だ」
「…変な薬も使ってたし最低だよね」
「最低か。確かにな」
「でも浮遊する意識でも解るものがあるんだよ。ううん、理性が無いからこそ
感覚が冴えて感じ取れたのかもしれないけど」
「何を感じ取ったというのだ」
「アルタイルは、ずっと優しかった。乱暴な時もあったけど、
それは絶望的な感じじゃなくて…いつも、どこかに気遣いがあって…
特に…今夜は凄く…、や、優しかった」
ヤコの頬が薄紅に染まった。
ついさっきまでの、我が輩の抱き方を思い出しているらしい。
あまり恥ずかしがるな。当事者のこっちは直視出来ん。
「アルタイルは、優しい」
「…偽りの優しさだ」
「それが嘘。“偽り”っていうのが嘘」
「……嘘じゃない」
「アルタイルの嘘つき」
「……」
「嘘つきアルタイルはナァナァが好き。これは本当」
「……」
「嘘つきアルタイルはヤコが好き。これは…? 嘘? 本当?」
「さぁな」
回避する。瞼を閉じる。眼には真実が現れやすい。
「ナァナァに、なりたいな」
閉じた瞼の向こうから、ヤコの儚い声がする。
「…アルタイルはナァナァが好き」
もう一度呟いたヤコの体を両腕で強く抱きしめなおして奥深く捕らえる。
鳥の巣の中で親鳥の羽毛にまどろんで眠ってしまえ。
我が輩は雛鳥の金の髪を撫ぜ、啄ばんで、愛おしみながら貴様の眠りを守ろう。
今日で最後の夜を幸福に終わらせよう。
ヤコ、なぜ貴様が好ましいのか解った。
貴様の気配は、匂いは、性質は、魂はナァナァに似ている。
「アルタイルはナァナァが好き。それは嘘偽り無く真実だ」
腕の中で世界に一つしかないナァナァが身じろぎした。
我が輩は眠ったふりをする。
シーシャを燻らせながら息子を眺める父親の表情は
一見穏やかだが、その真意は読み取れない。年齢を重ねているだけあって
喜怒哀楽を寛容そうな表情の下に控えておくのが巧みと見える。
あの顔で、かつて謀反を働いた弟やその臣下達を一掃したのは知っている。
知っているというか、目の前で見た。当主の座を狙った者達への容赦ない処罰を。
「息子よ、父は心底驚いた。
お前がそんなに無残にやられているのを見た事が無い。
生け捕りにしろと言ったのは、あくまでも捕獲の意味で
生きてるなら傷つけても構わないという意味じゃなかったんだが。
この国の男はどうも血の気が多くていかんな。部下達には、きつくお仕置きを…」
「別に構いませんよ。流血沙汰は子供の頃から見慣れておりますし」
「ああ、そうだった。…お前には見られていたね」
「何をですか? 父上の、その微笑の下の情け容赦ないサディスティックな性質をですか?」
「いやいや。王族の血生臭い、哀しい歴史を」
「ええ。おかげで、よく理解出来ましたよ。
血族であろうと謀反者は極刑にする、解りやすい報復が手っ取り早いのだとね」
「……うん、あれは言い訳出来ないな。
私も若かったとはいえ、今は遣り過ぎだったかも知れんと後悔…
いや、後悔はしていない。今でも同じ様にしてしまうだろう」
「ならば、さっさと我が輩も処刑なさればよろしい」
「その前にヤコちゃんをどんなルートで帰国させたのか教えて欲しいんだが。
お前の足止めのお陰で行く先を掴めなかったと部下達に謝罪されたぞ?
お前もボロボロだが、部下達なぞもっと悲惨だ。
どうやったら、あの精鋭達をあそこまでズタボロに…うむ、お仕置きは要らんかもな。
入院するはめになっとるし、十分かも知れん。
で、それよりだな、ヤコちゃんを日本に迎えに行くなら
やはりルートを解っていないとだな…こらこら、
そんな子供みたいにツンツンしないでくれ。せめて、こっち向いてくれハビービィ」
「あいにく我が輩は精神的幼児ですので。あとキモい言い方をせんで下さい」
「じゃあヤコちゃんに直接訊くからいいよーだ」
「は?」
父は溶けそうな阿呆ヅラを晒して、いそいそと携帯電話を取り出し、
ぷちぷちとボタンを押し始めた。ちょっと待て。
「あ、ヤコちゃん? そうそう、おじさんだよ。いやはや、そんな怒らないでくれ。
息子もねー、君の為を思えばこそで…、あ、代わる? うん、ちょっと待ちなさい。
ネウロ、ヤコちゃんだよ」
鎖でガチガチに雁字搦めにされている我が輩に、
携帯電話を満面の笑顔で差し出すクソジジィ。
「あ、電話持てない? じゃあパパが持っててあげるから存分に話しなさい」
「パパって何だ、鳥肌が立ったぞ今。というか鎖を解こうとは思わんのか」
クソジジィは眼を三日月型に細めてニタリと笑った。
誰かに似てる気がするが気がするだけだ気にしたら負けだ。
「お前のこんな姿、もう二度と見られんだろうからなぁ」
ニヤニヤ顔が無性に腹立たしいが決して同族嫌悪などではない決して。
携帯電話の向こうからはヤコのきゃんきゃん喚く声が漏れ聴こえる。
大体、携帯なぞ持っていたらGPSで居所が掴めてしまうじゃないか。
このクソジジィも解っててやっているのだな。悪趣味め。
「ヤコ、貴様…なぜ携帯など持っている。
我が輩は貴様にそんなものを持たせた記憶など無いぞ」
≪また薬使いやがって、この馬鹿プリンス!! 今度は睡眠薬ですか!
目が覚めたら飛行機の中って、どんだけ! どんだけ混乱すると思って…!
バカ鳥! 強姦魔! 女心の解んない鈍感男ぉぉぉ!!!≫
返って来たのは罵倒だった。
「質問に答えんと貴様が今乗っている飛行機が飛んでいる方角へ
ミサイルを発射するがいいか?」
≪ピアスが携帯電話になってた≫
ヤコの即答に我が輩は再び父を睨んだ。
携帯電話の機能を持つピアス。それは発信機であり…盗聴器にもなる。
我が家の財力で造らせた超小型機器。主に諜報の意図で使われる。
私情で使われる事は…ほぼ、無い。はずなんだが。
こいつ…まさか。
愉快そうにジジィが笑う。
「だから最初に言っただろう。ヤコちゃんは娘みたいな存在だと。
ほんとに娘になってくれたら嬉しいなぁと思ってだな。
ちょいと罠を仕掛けてみたら若い雛鳥達は、ものの見事に」
「盗聴したのか」
「そこまではしません」
どうだか。あやしいものだ。
「それに確信も有ったんだよ。お前ならヤコちゃんを気に入るって。
だってヤコちゃん、私が唯一心底惚れた女に…お前の母親にちょっと似てるんだよね」
「…我が輩はマザコンではない」
「知ってるよ。お前は母の顔を見たことないから。好みが似てるだけだろう」
「あんたが亡き寵妃の為に造ったという離宮に写真も何もかも有るとは聞いているが」
「有るよ。でも、」
「誰もその場所を知らない。禁域中の禁域」
「そう。今でもね。幾多の愛人を持っても結局、今もその場所が私の至上のハーレムだ」
「………ヤコを貰っても良いか?」
クソジジィはニッコリと笑った。ああ、ダメだ、やはりムカつく。
こいつの掌の上で転がされていた事がこの笑顔で益々浮き彫りになる。
「初めから、そのつもりだと言っただろう、最愛の息子よ。
お前は私の一番残忍な面を幼少期に目の当たりにして、すっかり疑心暗鬼だが」
「弟の返り血で血まみれの父親を見れば誰でもそうなりますよ。
わざわざ当主自らが刀剣を持って処罰するとはね。
首切り役人など我が家には必要無いんだと子供心に思ったものです」
「弟はまずお前の母に手をかけたからね。
外国の女を正室にした事を許せなかったらしい」
「…は」
「お前の母は、お前の伯父に殺されたんだよ。証拠を掴むまで何年もかかったが。
…掴んだ時、私の理性は綺麗に吹き飛んでしまった」
「………」
「あれは外国人だったが、それでも正室にしたかった。
あれが在れば妾なぞ必要なかった。というか面倒なくらいだった。
人生に許された日数全てを、お前の母に使いたかったほどにな。
それほど焦がれた女を殺されたら、お前ならどうする?」
ヤコを殺されたら、か?
「その犯人を殺す。というかミンチにする」
我が輩の即答に父は苦笑する。
「まったく、アラブの血は温度が高すぎると思わんか、ネウロ」
「そうだな、加えて恋狂いだ。いや、それはアラブの血というより貴様からの遺伝か」
「フハハ…そうかもな」
父が誰かと似た笑い声を上げたと思ったら、
直後に我が家の広大な庭の方から爆音が響き渡った。
窓硝子がビリビリと振動して宮殿が小刻みに揺れる。耳を劈く金属音。
窓の外を見やると、見覚えのある自家用飛行機が
噴水やら何やら薙ぎ倒して着陸しやがっている。
「…うわ。ネウロ、お前の花嫁の行動力、凄いなぁ」
ポカンと開いた口が塞がらない我が輩の代わりに父が窓を開け放ち、
おーい、と愉快げに両腕を振って義理の娘の帰還を出迎えた。
ハッチから物凄い怒りの形相でヤコが…いや、遠目すぎて表情までは見えんが、
怒りのオーラがぎんぎんに放出されているのは解る。なんとなく。
あとパイロットが狼狽している様子も。
どれだけ暴れたんだ、我が輩の珍妙な花嫁は。
To be continued...
優しく扱ってやることが出来なくなった。
理性より感情が先に立つ。
我々には千もの夜など許されておらず
催淫香も媚薬も止めた今、切断される此の物語はやがて無かったものとして
沈黙の中に消えていくだろう。
けれど、まだ。今はまだ、貴様は我が輩のものだ。
薬が貴様の体から完全に消え去るまでは。
此処は我が輩の所有する禁域、この小宇宙を支配する我が輩の、貴様は所有物。
此処で貴様は一度殺された。この手で殺してやった。
従順な女に生まれ変わらせ、慈しんでやった。
偽りの貴様を。偽りの慈しみで。体だけを。
「痛い、イヤ、もうイヤ、やだ、離して、離して…うえぇぇん」
子供のように泣くヤコを我が輩は許してやることが出来ない。
薬を止めたばかりで、まだ理性が戻るに時期が早いのは解っているのに、
まだ性愛の甘さだけを教えてやればいい領域に在るのに、
闇雲に、憎むように、憎んでいるように
ヤコを抱き続けるのは拷問に等しく理に叶わない。
だが、止まらない。
いい加減こちらも疲れ果てている体を
ヤコを嗜虐する道具としてだけ使い続けるのは…理に、叶うわけが。
今宵降りしきる月光は青く、ヤコの髪のように亜麻色の雨になろうとしない。
女神の機嫌は最悪。憂鬱の青さばかりが塩辛くヤコの瞳から零れ落ちる。
我が輩の汗がヤコの肌に移り、脚の間も絶えいる隙なく水音を上げ続け
この乾いた国で我々だけが濡れて異端児。
ふたりぼっちの異端児か。
フ、と思わず笑いが零れた。
幸福な響きを持つフレーズが脳内に浮かんだ事が滑稽でならない。
ヤコ。
呼ぶと涙目で我が輩を見上げるのは
一向に止まない行為に幾度も絶頂を迎えて最早疲れと痛みしか無いだろう無残な女。
忘れさせるものか。
消えない刺青のように貴様の体に刻みつけてやるとしよう。
この痛みを。
時に疼いて貴様を悩ませればいい。
我が輩は名を呼び続ける。ヤコという名の女を呼び続ける。
女は応えようとして、哀しそうに我が輩の顔を覗き込む。
教えてなどやらない。我が輩の名を呼ばせてなどやらない。
呼ぶな。呼ばれたくない。偽りの貴様になど。
我が輩の姿を見て少し怯えるようになったのは
薬効が薄れてきたのに加えて、夜毎、陵辱まがいに抱かれる事も所以だろう。
それでもヤコの顔色は日増しに良くなっていき、頬に薄っすらと薔薇色が差し始めた。
醒めていく夢の代わりにヤコが健康を取り戻すのは
それは…
我が輩を安堵させると同時に
あの少年が死んだ時のような夜が冷たく帳を降ろす。
月は今夜も青いままだが、もしかしたら本当は
いつものように黄金色に輝いているのかも知れない。
我が輩の眼に映る月ばかりが氷点下の色を表しているのかも知れない。
かつて両腕を開いて微笑みながら我が輩を迎えた、我が輩の一時の愛人は
今、部屋の片隅で窓辺に寄り添いながら、じっと動かない。
我が輩がゆっくりと歩み寄るのを凝視して逃げるでもなく歓迎するでもなく
何事かを見透かそうと己の能力を、その全神経を駆使している気配が伝わる。
気に入りの絨毯の上でペタリと座り込んでいるヤコの前に屈みこみ、
手をとって日本の菓子を乗せてやると、ヤコの眼が如何ばかりか見開かれた。
鳥を象った美しく精巧な飴細工はヤコの手中でヤコを見上げて
今にも囀り出しそうに透き通る命を月光に晒して輝かせている。
幸福の青い鳥。
そんなものを信じているわけではないが
近づく別れの時に寄せて、せめて貴様に借りを返してやる。
食を受け付けなくなった我が輩の命を今日まで繋いだ貴様に
せめて気休めの守護を。
見知らぬ国に浚われた哀れな奴隷の未来に、せめて、幸多からんことを。
だから笑え、ヤコ。
我が輩はもう貴様を抱かない。
この夜を境に。
幾日かハーレムへ足を運ぶのを辞め、
完全に薬も抜けきっただろう頃合を見計らって、ヤコの憎悪を受け取りに行く。
夢から完全に醒めただろう女は己の身の上を認識して絶望しているだろうか。
一時でも性の陶酔に身を浸していた貴様の夢は悪夢に変貌を遂げただろうか。
どれだけの憎しみをぶつけてくるだろう。
…泣いているのは、間違いない、か?
扉を開けると、いつかのように窓辺に座り込み、縁に両腕を重ね顎を乗せて、
ヤコは…あれは、微笑んでいるのか?
口角が僅かに上がっているように見えるのは気のせいだろうか。
視線の先には青い鳥が在る。
飴細工の鳥を眺めて確かに微笑んでいる。
ヤコは我が輩に気付くと一瞬息を飲み、それから微かな声で何か呟いた。
たどたどしい発音で、それがアラビア語である事を一度では気付けなかった。
近寄っても平然としているのが不思議でならない。
なんだ? と問いかけると、ヤコは飴細工を指差して
「ハ…ビービィ?」
二回目のアラビア語に、合ってる?と日本語を付け加えて首を傾げるヤコの眼には
理知の瞬きが蘇って見えるのに
そこに我が輩に対する憎悪が見当たらず、いっそ、こちらの方が戸惑う。
ヤコには日本語を解する侍女を付けてやっているのだが、
どうやら、その侍女にアラビア語のレクチャーを受けたらしい。この数日の間に。
父も我が輩も日本語でヤコに接してやってるというのに、何故わざわざ。
「この鳥をずっと眺めてたら、アラビア語で“ハビービィ”って言うのよ、って。
女の人が教えてくれたの。アラビア語で、“鳥”はハビービィ?」
侍女は頭をぶつけでもしたのか。
「ハビービィ」
ヤコは今度は我が輩を指差して言った。
次に、ついっと飴細工の眼の部分に指先を移す。鳥の眼は緑。
…同じだと言いたいのか?
「名前も知らないハビービィはいつも夜に此処に来るから
だから、青いの。月の光で、いつも青を着てる。…この鳥の色と似てる空気を着てる」
青い鳥の眼の緑。
青い月光を着る、我が輩の眼も緑。
「この鳥を我が輩に見立てたのか」
こっくりと頷くヤコは、どこか恥ずかしそうに見える。
へへ、と笑って、だって似てるもの、と微笑む唇から零して
「名前を教えてくれないなら、ハビービィって呼ぶよ?」
と。
…侍女め、余計な気回しを。
おかげで今、我が輩は何やら妙に恥ずかしい。
「鳥は、アラビア語なら“アルタイル”だ。その侍女は言語障害でも起こしたんだろう」
「アルタイル? じゃあ、アルタイルって呼ぶ。かっこいい音感だね。
でもハビービィって響きも可愛いくて好きなんだけど…ハビービィ…アルタイル、
どっちも捨てがたいなぁ」
それは所有を意味する言葉。
『私の愛しい人』
所有されてしまった。奴隷に我が輩が。言葉で所有された。
なぜ、こんなにも恥ずかしいのか。息苦しくさえある。
いたたまれなくなって思わずヤコから視線を外し、
手の甲で顔を隠した我が輩をヤコは不思議そうに見上げている。見るな。
「ねぇ」
ヤコの手が我が輩の手をとる。やめろ、見るな。触るな。脳髄が沸騰する。
「私、お払い箱にされたんだよね? 貴方のお父さんに」
思わぬ台詞。
「私はお下がり?」
違う。
「お下がりの私だから、もう嫌になった?」
なぜ。
「だから…此処に来なくなった? 今夜は気紛れ?」
どうしたことだ、言葉が出て来ない。
喉が塞がれる、何かに。胸の奥から込み上げる何かに。
「でもね…この飴細工をくれた時の表情とか、気配を思い出すとね、変な気持ちになるの。
…愛されていたような、気になるの。……でも、」
ヤコの微笑が儚くなった。
「あくまでも、それは気のせいで…、さ、錯覚で…」
微笑を保とうとするヤコの瞳から零れ落ちた涙は頬を伝い
ヤコの唇まで届いて、艶かしく濡れて光る。
それは性器と同等、もしくは、それ以上に誘惑に満ちて色めく。
我が輩の舌は愛液を啜るようにヤコの涙を掬いとって、唇をなぞり、奥へ。
細い体を抱きとる腕はこの行為に慣れているはずなのに
初めて経験するかのように力の加減が解らない。脈が速い。
僅かに緊張していると感じるのは、それこそ錯覚か。
「…アルタイル」
ずっと我が輩の名を呼びたかったかのようにヤコの唇は繰り返す。
仮の名を。偽りの我が輩を。
貴様は真実の姿を取り戻したというのに、代わりに我が輩が偽りを纏う。
愛していると囁かない我が輩は確かに真実を曝け出してはいないから
やはり偽りでしかない。
どこまでも我々は、我々の運命は噛み合わない。
「アルタイル…好き。大好き」
媚薬を含まない貴様の体は、肌は
今までと違う味覚を我が輩の舌に伝えて、それは残酷に甘い。
断食の後に食事を解禁された、飢えた人々を癒す甘味は、だから
あれほどに直情的に甘いのだろうか。我が輩は飢えていたのだろうか。何に。何を禁じられて。
もう抱かないと決めた意志のあんまりな脆さに我が輩は苦笑する。
そうだな、ただ、もう一度だけ貴様を抱こう。
本心から貴様を。
我が輩は性戯に感情を吐き出す。
貴様にそそぎ込む事の許されない精液の代わりに唇へ流し込む唾液で
その身に孕め。我が輩の心を。
貴様は我が輩の初めての恋の相手、情人。
この恋を身篭って、他の男のもとで咲かせるがいい。
To be continued...
食い意地の張った娘には豪奢な宝飾品や衣裳より
年頃の女の細胞を構成するような甘い菓子の数々を。
案の定、溢れ返る貴石や色とりどりの衣服よりヤコはこれを喜んだ。
贅を尽くした食事の合間にも、飽くことなく甘味をたいらげていく様は壮観だ。
この国の宗教的慣習であるラマダンの影響で、国民の多くは甘味を好む。
結果、頭が痛くなるような甘さの物も少なくないが
ヤコはそれも厭わず全て旨そうに胃に収めていく。
さすがにこれ以上は腹を壊すのではないかと
もう幾つめか解らない揚げ菓子をその手から取り上げると
ふぇ、と涙目になり物欲しそうにこちらを凝視して動かなくなってしまった。
…正確にはこちらを、ではなく、取り上げた菓子を、だが。
腕の中にも、そこかしこにも菓子の類は山と有るのに
奪われた事が悔しいのか、我が輩の手中の物に執着している様子が
妙に愛おしくて思わず眼を細めた。
「そんな顔をするな。我が輩が子供を虐めているみたいではないか」
言いつつも見せつけるように意地悪く笑んで略奪物をパクリと喰らってやると
ヤコは、あー! と甲高い声を上げて我が輩に飛びついて来た。
ヤコの腕の中からバラバラと菓子が落ち、我が輩の手にしていたミントティが
グラスから派手に飛び散って押し倒された身の上にぴしゃぴしゃと。
イランイランの香にミントの清涼なエキスが横入りして空気中に飛散し
それは毒抜きのように夢を醒ますのではないかと一抹の影が過ぎる。
夢…。誰の夢を。
ヤコは我が輩の口中の菓子を舌で奪い返そうと頑張っている。
それほど咀嚼していなかったとはいえ、既に我が輩の唾液に溶け始めた食物を
ヤコは平気で食んで屠って飲み込んで、幸せそうに笑う。
気味悪くないのか?
いくら正気が遠いとは言え、他人の唾液まみれの食べ物。
試しにもう一度、別の菓子を口に含む。
はうぅぅ、と怒るヤコの頭を掴んで身動きを奪い、
十分に咀嚼したところで手を離してやると、やはり先程と同じように舌で口中を弄ってきた。
ぐちゃぐちゃになった菓子を啄ばむ様子は
食物を求めて親鳥の喉に頭を突っ込む、まるで雛。
口中の菓子が無くなると唇を離し、極めて甘い菓子を選んで
また楽しそうに喰べ始める。
ふむ。
我が輩も甘味は嫌いではないが、甘すぎるのは不得手だ。
けれど。
ヤコの顔を両手で挟み、唇を舐めると一瞬呆けた表情になった。
その隙をついて、ヤコの口中の酷く甘いものを舌で掬い取る。
ヤコの唾液でドロドロになった食べ物が口内に拡がり、喉を通って胃に落ちて。
…あ。
血が、集まる。
はぁ、と熱の込もる息がヤコの口内に流れ込んだ。
それが我が輩の発情の印だとヤコはもう知っている。
我が輩の発情につられるのかヤコの気配もまた雌のいやらしさを滲ませて
蕾が花開くように腕を拡げ我が輩を抱きしめる。
花の奥深く、堕落していく自分をイスラムの神は決して誉めはしないだろう。
これが、千と一夜の、数日を経た辺り。
幾らか髪が伸びたのに気付いたのは
ヤコが鬱陶しそうに頭を振る仕種をするようになったせいだ。
髪を切ってやってもいいが、その為には此処に我々以外の人間を入れねばならず
なんとなく、それは憚られた。
もちろん侍女などといった使用人も居ることは居るのだが
用事を済ませると速やかに持ち場に戻ることを常としている。
だが、髪を切らせるとなると。相応に時間が掛かるし
何よりも我が輩以外の者がヤコの髪に長々と触れるのは避けたい。
髪に触れる行為は体を交わす事以上の性愛だとは心理学の本からの受け売りで、
まるっきり信じているわけでもないが、否定するには
その行為は…少しばかり淫靡ではある、間違いなく。
ふと、これは独占欲かという考えが及ぶが、この娘は父への献上物なのだ。
その体に触れるのは、たとえ髪の毛一本といえども
我が輩より他にもう存在してはならない。
そう、だから。
「ヤコ、好きなのを選べ。どれでも良いし幾つ選んでも良い。
全部欲しければ、それでも良い」
取り寄せてやった髪飾りは、どれも一級品の宝玉や素材を使ったものばかり。
目移りするか、或いは全て欲しがるかと思ったが
ヤコはそれらを眺めると大した時間も経ずに一つの髪飾りにスウと手を伸ばした。
数珠繋ぎに連なるエメラルドがヤコの掌で緑色に瞬いている。
「一つだけで良いのか? 他には要らないのか」
ヤコは頷いて、それを飴玉でも舐めるように口に含んで、もて遊び始めた。
「こら、喰うな」
取り上げてヤコの髪を結ってやると、不満そうにこちらを睨んでいるから
身を屈めて、ふてくされた顔を覗き込み、なんだウジムシ、と言ってやったら
ベロリと眼球を舐められた。
…喰われるかと思った。
髪に触れるのも眼球を舐めるのも高度な性技ではあるが
我が輩はそこまでは教えていない。にも関わらず
ヤコはやたらと我が輩の髪に触りたがるし、隙あらば眼球を舐めることを覚えた。
どうやら、その際の我が輩の反応が嬉しいらしいのだが
一体、我が輩はどんな顔をこの娘に見せているのか想像もつかない。
この辺りで、千と一夜の十数日目。
王侯貴族の歴史に血の匂いが付き纏うのは何処の国でも同じ。
暗殺に毒薬が使われるのも、ありふれて日常に近い。
だから毒味役に抜擢される者の身分はそう低いものでもないが、しかし高いわけがない。
先日、その毒味役の幾人目かが死んだ。
我が輩はその人間の顔を必ず見に行く。
生きる為に喰い、生きる為に死んだ者の顔を。
生きる為に、その職に従じるしかなかった者の顔。
弔いのつもりかどうかは解らん。我が輩は我が輩の感情の名を知らない。
行動の源であるだろう、ものなのに。
特に親密でもなかった使用人の死顔を見て一体、自分は何事を感じているのか。
網膜に焼き付けておきたい衝動に駆られるのは何故だろうか。
どうせ誰が死んでも、表情を歪めることさえ出来ないくせに。
ただ見つめるしか、出来ないくせに。
だが今回ばかりは少し違った。
此度に死んだ毒味の者の顔を見た時、吐き気が込み上げて
耐え切れず嘔吐を繰り返した。
一度眼に焼き付けてしまった顔は、ともすれば些細なきっかけで蘇り
その都度えずきが神経を侵して煩わしい。
何だと言うのだ。
ただ数回コーランの読み方を教えてやっただけ。
我が輩とヤコの最初の夜を彩った声の持ち主。
歳の頃は14か15ほど。
拙くはあるが賢しさを湛えた、あの読誦に興味を持って
戯れに声の持ち主をつきとめたりしなければ。
単に毒味役の少年が死んだという現実が行き過ぎていくだけだったろうに。
ヤコを抱きながら我が輩の理性が消えていくのを自覚したのは、
あの読誦が比例して遠くなっていったから。
現実と夢の境界線に霞をかけた、あの独特の韻律はもう永遠に息絶えた。
二度三度、数度、授業してやる毎にみるみる成長を見せるのが面白かったのに。
知性を感じさせる少年の雰囲気は低級の奴隷とも思えず
身分を問うと只の使用人だと笑って答えた。
単なる使用人。我が輩の食事の毒味役。不完全さが美しかった音色。
サフランを使った丸いケーキを喰べる時のヤコが好きだ。
外国の古代神、ティタン巨神族の一人が
宇宙を駆け抜ける、はねっかえりの女神が
月を捕らえて涎を垂らしながら満月を喰らっているように見える。
何を喰べていても幸福そうではあるし
何を喰べている様を見ていても飽きないが
その菓子を喰うヤコは宇宙さえ手玉にとってパトロンにしているようだ。
ぼんやり眺めているとヤコが珍しく食べかけのケーキから唇を離して我が輩を見た。
ただ、じっと我が輩を見つめるばかりで何も言わない。
何かは言いたげだが言葉が見つからないといった様子で。
催淫と催眠の副作用で母国語さえ片言になっている今のヤコでは無理もない。
「なんだ? アラブの菓子に飽きたか?」
どうにか微笑を取り繕って言葉をかけるのは
ヤコの笑顔を引きずり出すため。
貴様は笑みを消すな。幸福の気配を消すな。なぜ不安げな顔をしている。
我が輩が笑えば、いつもなら貴様もつられて笑うのに
なぜ今は一層哀しそうに我が輩を見る。
ヤコはおもむろに、はむ、とケーキに齧り付いて少し咀嚼すると我が輩の唇に口づけ、
それを舌にのせて我が輩の口内に運んだ。餌付けのつもりか。
こく。
我が輩が飲み込むのを見とめてヤコは安心したのか、何度も親鳥の真似事を繰り返す。
自分の食べ物を奪われた時は、あんなにも怒っていたくせに。
それにしても食物が素直に喉を落ちるのは何日ぶりか。
少年の死顔を見て以来、
水とヤコの体液以外を受け付けなくなっていた我が輩の内臓が
これをきっかけにまた正常に動き出した。妙なものだ、実に。
ふと気付けば
千と一夜の…
うん?
…もう、何日目だ?
日付を数える毎にヤコの青白い肌が
アラベスクを刻んだ窓硝子から射す月光に、奇妙に映えていく。
健常な肌の色ではなくなっていく。
中毒者の域に一歩足を進めた禁色の。
夢物語が現実の足音を聞きつけ悲鳴を上げて逃げ惑うのを感じる。
…アラームが鳴っている。割れ鐘の如き、やかましさ。
よく催促が来ないものだと思うが
まあ当主である父の忙しさと愛人の数を思えば
多少の時間のルーズさは、それで許されているのだろうが
これ以上長引くとさすがに訝しく思われる。
いや、それ以前に、何よりもヤコの体が持たない。
一刻も早く催淫の香を消し、食事に混入してきた媚薬も取り除き
体から薬を抜いてやらなければならない。
我が輩が舌打ちしたので、ヤコが怯えてビクリと震えた。
「…違う、貴様に怒っているのではない」
安心させるように抱き寄せると
ヤコは素直に我が輩の胸にこてんと頭を預ける。
小さな頭だ、たいして脳ミソも詰まって無さそうな。
それでも我が輩の読めない、我が輩の感情を代わりに読み、食事をさせた。
理知を忘れかけている様子だったのに
本当は何も失われず
ヤコはヤコのままだったのだろうか。いや、そんなわけはない。
そうであったなら、こうして我が輩に身を預けたりしない。
甘えたりしない。
我が輩の口内の食べ物を求めたりしない。
我が輩の眼と同じ色の髪飾りを選ばない。
抱かれるだけでなく、我が輩を抱いてやろうと奮闘してみせる様子には
もしや恋われてるのかと錯覚に陥りそうにもなった。
だが、違う。
すべて違う。
すべては我が輩の予定調和。
なのに自ら書き記したシナリオの行方が姿をくらまして
ここまで物語を長引かせてしまったことに怒りが込み上げる。
ヤコをやつれさせた迷走は我が輩の、我が輩だけの調律が狂ったからだ。
なぜ、どこで、いつのまに。
もしかしたら、最初から。
キャンドルの火を素手で握り締めて消すと
ヤコが眼を丸くして我が輩の掌を広げて眺めた。
火傷の痕が無いのを不思議そうに指で触れて確かめる。
慣れれば火傷せずに、こうして消せるものだ。
蝋燭の灯くらい。こんな小さな火、ならば。
そんなものより
この見知らぬ感情の方をどうにかしてくれ。
教えてくれ。
大きさも深さも高さも形も色も温度も解らない。
薬の効果が消えれば消えていくほどに
我が輩を嫌っていくだろう貴様の、近い未来に感じる、この…
涙が出そうな、この感覚の名を。
To be continued...
何処からかコーランを読む少年の声が聴こえてくる。
コーランの韻律は元々が美しいものだが、少年の声には
たどたどしい気配が漂って何やら危うい。そら、間違えた。
今は礼拝の時間ではないから誰かが読誦の練習をしているのだろう。
ムスリムはコーランを学びはするが、暗誦出来る者は多くない。
我が輩も幼い頃、よく練習を強いられた。
覚えは早かったが、人前でそらんじるのを強要されるのは嫌いだった。
それは今も変わっていないが。
…こんな時に我が輩は何を思い出しているのか。
少女と少年の境界に在るような瞳をいっぱいに開いて、娘がこちらを見上げている。
瞳の奥に在った怯えの影は今くっきりと色を現し、涙に溶けて幾粒も幾粒も。
舌を噛まないように薄絹を押し込められた口内で
どんな叫びを上げているのかは知らないし、興味も無い。
イランイランを含むキャンドルの放つ香が娘の体に浸透し、
催淫効果を発揮するまで、まだ少し時間がかかりそうだ。
その方が良い。
催淫剤から意識が覚醒した時には
与えられた恐怖と苦痛をまざまざと思い出し、我が輩を心底嫌うだろうから。
奴隷に堕ちた身の上を、きっと嫌でも実感せざるを得ない。
そして父に救いを求めるのだろう。
無理強いをしない、優しくひょうきんな男に。
穢された身をそれでも暖かく受け入れ、傷を癒してくれようという男に、
そうして身も心も許すようになるわけだ。
ありがちな話だ。
ただし我が輩は嫌われ役とはいえ、この娘の体に快楽を覚えこませねばならず、
自ずから求めるように仕込まなければならないわけだから
…おい、そう怯えるな。それなりに扱ってやる。
我が輩とて女を陵辱するのなぞ初めてなのだから、そう酷く怯えられると
まるで殺人でも犯しているようだ。
いや、陵辱は殺人と同等だと言う女が少なくないから
では、我が輩は殺人者か。
ならば出来得る限り優しく殺してやる。
猛獣に生きながら捕食される草食動物が、最中に脳内麻薬を分泌しているように
貴様にも恍惚の、錯乱の、夢うつつを。
ガチガチと鳴る鎖に、娘の手首足首が枷の摩擦で赤く染まっているのに気付く。
ふむ、要らんな、こんなもの。
抵抗したければ、すれば良い。
力任せに枷と鎖を繋ぐ止め具を引き千切ると、娘は早速、我が輩の肌に爪を走らせた。
暴れながら引っ掻いては幾つも赤い筋を作る、時には流血する。肩に、胸に、腕に。
頬を一筋掻っ切った傷が一番深く、鮮血が流れてポタリと一雫。
いいぞ、それくらいは許してやる。
何せ貴様は殺されるのだから、それくらいは。
娘から与えられる痛みと引き換えに、それほど豊かでもない胸を隠す衣を剥ぎ取って
乳嘴を口内に含み、舌で甘く転がしてやると
快楽を受け取った証に、華奢な体が僅かに跳ねた。
「ふ、…んうッ」
白い喉の奥から漏れる声。
悲鳴とは少し違う。
産まれて初めて知覚しただろう刺激に、戸惑いが混ざる甘い音。
もう片方の乳房を優しく揉み拉いてやれば
我が輩の両脇で、じたばたと暴れていた細い脚が引き攣った。
催淫の香に揺れながら
我が輩の手も娘の体を撫ぜて這い回っては指が踊る。
東洋人の肌は随分と滑らかで、掌にしっとりと吸い付いてくるようだ。
幾分か先を急ぎたくなるのは、そのせいか、それとも娘の生来の匂いのせいだろうか。
催淫の花は我が輩には効きはしない。
宮殿のそこかしこで焚かれていた香は日常の空気に混じり、
子供の頃から酸素と同じ様なものだった。
だから煽られるのはキャンドルのせいではなく、やはり貴様自身が淫花なのか。
呼吸が僅かに上がっている。
娘の脚の間、純潔を庇う衣の上から、尖らせた舌を押し当てる。
そのまま形を確かめるように弄び、衣に隔てられて
それ以上は押し進むことの出来ない秘裂を強くなぞっていくと
我が輩の唾液以外の暖かいものが染み出して来た。
「ん、んうぅ、うく、…ッ!」
泣き声と嬌声の狭間を揺れて迷い、びくびくと、しなる腰。
とくとくと伝わる脈動が熱を持って、緋肉の震えを舌に乗せてくる。
まるで、我が輩の屹立したそれを焦がれて待ち構えているような気にもなる。
まだ、与えない。奪わない。
すぐにも引き裂きたい衝動を堪えれば、
欲情という熱気がベールとなって体を包み、汗が落ちた。
耐え切れずに腰紐を無造作に解き、
眼前に現れた珊瑚色の果肉に触れて蜜液をじゅるりと啜り嚥下する。
とろとろと喉を滑り降りていく、本当に果実の味と似ているような不可解な液体。
熟しきらない甘酸っぱさを愉しむように、いつまでも喰らっていると
少年の読むコーランの声音が次第に遠くなって
代わりに娘のしどけない喘ぎが耳をくすぐり、鼓膜へ侵入してきた。
媚薬の如く脳の奥に、秘やかに。
焦らせるものならば、もっと焦らしたい感情が込み上げるのに
我が輩の指は慌しく朱の襞をかきわけ、もっと奥を味わおうと
あさましく、のめり込んでいく。
「ん…ふ、んく、んーう」
薄絹の奥で消えていく啼き声が、なんとなく勿体無く感ぜられる。
身も世もなく零される陶酔の奏でを求めて口内の絹を取り上げれば、
舌を噛み切って死んでしまうだろうか。
ふと妙な光景が脳裏に浮かぶ。
唇から血を溢れさせる娘の亡骸を貫いて恍惚とする我が輩の。
…そうしたいのか?
死んでしまった後でも、殺してしまった体でも
この行為を続けたいと?
どんな女と寝ても、その嬌声が他の音を遠くしたことは無いし
妙な映像が脳内を占領したことも無い、今この時までは。
なぜだろう、この娘に対して込み上げた嗜虐心が、我が輩の理性を侵食しているのか。
そういえば女に嗜虐心を覚えたことなど、まず有っただろうか?
自分より明らかに弱い者など虐めるに値しない。まず、つまらない。
強者を気取る者にこそ、身の程知らずを知らしめる快感しか無かったはずだ。
妙だな。
ふと湧き上がった思考が行為を邪魔するのを察知して、我が輩は頭を横に振った。
啼き声を開放するのを諦め、しとどに濡れた腰を抱えて自身を突き立てる。
生贄の顔を見下ろすと、充血し潤んだヘーゼルの眼に我が輩の影が映っている。
娘の意識に我が輩はどのように映っていることやら。
恐怖と混乱はまだ残っているのか。
それとも催淫作用で今は夢幻の領域か。
虚ろになった眼差しからは感情が全く読み取れない。
ただでさえ不得意な、他人の感情。いや、己の、それでさえ。
狭い入り口をゆっくり抜き差ししてやると
ますます溢れてくる蜜液に水音が高く粘り、匂いが濃厚になって鼻腔を擽った。
んー、んー、と幼い喘ぎを繰り返し、涙を零す瞳の縁は淡く朱く愛らしい。
少し乱暴かも知らんが
悪いな、貴様は我が輩が思っていたより色花の気配が濃いようだ。
入り口の愛撫も早々に一気に奥まで貫くと
娘はギュッと瞼を閉じて
「ひぅ!? …ううううぅぅぅーっ!!!」
一際大きく呻いた後は
激しく叩きつけられる毎に短く何度も薄絹にそれを吐き出していく。
…絹に吸収されて消える、それ。
この女の、嬌声。
もったいない。
気がつくと我が輩は女の口内から薄絹を抜き取っていた。
眼に映る桃色の唇、真珠色の歯、ひらひらと濡れて光る舌。
声を聴こうとしたはずなのに、性器と同等か或いはそれ以上に艶かしい体内の入り口を
我が輩は口づけで塞いで味わっていた。
有り得ない事なのに、誘い込まれるように、そうしていた。
口づけの仕方も知らない舌は、おどおどと
けれど我が輩の舌に慣らされて、やがて素直に
僅かに差し出し、我が輩に喰らわれることを愉しみ始める。
獰猛な獣に喰われる小動物の自己麻薬。
貴様の脳はそれに満たされて、抵抗する意識は皆無。
「貴様の名前…なんと言ったか、ヤコ…だったか?」
微笑みかけてやるとキュウと締め付けられた。
初めてのくせに、やはり生意気だ。
生意気で幼い、色花め。
蜜漬けのナッツが犇くボトルを胸に抱きしめ、手のひらに幾粒か散らせたまま
疲れて眠る、その唇の端には蜜と白く乾いた残滓がこびりついている。
性欲と食欲と睡眠欲。生物の三大欲求を全て身に纏った有様が何やら笑えるな。
かしかしと爪先で残滓を落としてやれば唇が本能的に動いて指先に吸い付いてきた。
瞼を閉じたまま、ちみちみと我が輩の指をしゃぶる様子は乳を求める赤子のよう。
求めるものの与えられない授乳に乳飲み子は諦めの吐息を
はふ、と零して、唇に我が輩の指を挟めたまま再び深い眠りにつく。
キャンドルが今だ強い香を放っているのと
その催淫と催眠の効果と
消え去らない理性の欠片が招いた混乱と
それから、産まれて初めて受けた性愛に
おそらく身も心も疲れきっているのだろう。娘は懇々と眠る。
娘の下肢と手織りの絨毯を染める赤い血は頼りない小川のように
引き裂かれた純潔を示すが
同情心など全く湧いて来るはずも無い。
ただ、少しだけ
この世界の悲哀を垣間見るだけだ。
娘の眠る光景に甘さが儚く混ざっている気がするのは…
いや、気のせいなのだから思考するのは無意味で無価値。
これが、千と一夜の第一日目。
To be continued...
「さて、何をして遊ぼうか?」
++++++++++
すみません、背景って、なんですか?
ごめんなさい!背景なんて描いたこと無いから…
にしても酷い。
やる気無さMAXですね。
でも、肌色には愛情を込めたのよ。
そりゃあもう隅から隅まで舐めまわして愛撫しつくすぐらいには時間をかけたのよ。
それで許して。
なんでこんな半分以下に縮小するつもりだったのに大きく描いたのか。
原寸の38%の縮小率。
これがなければもっと早く塗り終われたの…か………!
それではミリュウ様、バトンタッチよろしくです!(*゜∀゜*)ゝ
続きから素敵本編・上映です。
Alf Laylah Wa Laylah【千夜一夜】
父のハーレムの中に、“らしくない”女が一人。
合法・非合法問わず、国内外からかき集められて来る女達の中には
時折は毛色の変わった者も居るから其れほど珍しい事でもないのだが、
その女の“妾らしくなさ”の特徴には前例が無い。
何せ百戦錬磨の父が、その女の体を陥落出来ていないと言うのだから。
なびかない女など早々にハーレムから出してやれば良いではないか。
女に不自由しているわけでもあるまいに。
…まさか惚れたとでも言うつもりか。まさかな、東洋の平凡な小娘相手に。
せいぜい、ちょっと気に入ったとか、そんなのだろう。
「気がつくと朝まで喋り続けていたり、日本の遊びを教えてもらったり、
或る時にはあの娘と一緒に喰い倒れていた事もある。
いや、あの娘の食欲につられて、ついつい…喰い倒れるのは私のみなんだが。
あの娘はいくら食べてもケロリとしているのだ、腹と魔界が繋がっているのかも知れん」
「つまり煙に巻かれているわけですね。いい齢の貴方が小娘ごときに」
「息子よ、お前はもうそっと父を尊重するとか」
「そうですね。小娘一人に触れられずオロオロと息子に知恵を借りに来る父親を
それでも尊重しなければならない、それがアッラーの思し召しなら」
「なんか切なくなってきた」
「あんたイイ齢なんですから“切ない”とか言わんで下さい。正直キモすぎる。
大体ハーレムどころか愛人の一人も持たない息子に
千ほども女を知っているオッサンが何を訊きたいんですか」
「自分とて諸外国とのビジネスで世界中の美女とよろしくヤッているくせに…」
「何か言いましたか」
「いや、何も。だって、お前の方があの娘と年頃も近いし、気持ちが解ったりするかなーとか」
「我が輩、学術や投資法ならともかく人の気持ちなど知ったことではない」
「お前、猫が剥がれてきてるぞ、ちゃんと被っときなさい。お前の素は心臓に悪い」
「一服盛ってしまえ」
「わあ! 猫は、猫は何処だ」
「媚薬だろうが催淫剤だろうが何でも使ったら良い。
大体、娘ひとり手篭めに出来んほど既に老体に成り果てているなら、
それしか手段は無いでしょう」
「む、莫迦にするな、まだまだ女の一人や二人や百人は押し倒せるわ。
そうでなくてだな…あのな…つまり、」
「早くおっしゃい、イラッついてきた」
「き、嫌われたくないのだ。ヤコちゃんに」
「―――」
「そんな鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔をせんでくれ」
「老いぼれの恋ですか」
「それを言うなら老いらく…言いなおしたところで物悲しい。わざと間違えただろう。
いやいや、恋というか……ただ可愛いのだ。
媚びるでなく、かと言って身も蓋もなく嫌がるでもなく…友達のように接してくる、あの態度が。
気に入ったからとはいえ無理に体を奪って、
あの何とも言えない爽やかな笑顔を失うのはなぁ…ちょっと」
「なるほど、女達に絶対的な支配者として見られてきた故に新鮮なわけですね。
ならば、そのままで良いではないですか。友達のまま囲っておけば」
「可哀想じゃないか、一生処女のまま宮殿に押し込めとくなんて。
かといって帰国させるのも寂しいし、でも無理強いして嫌われたくないし。
ヤコちゃんとのお喋りや食事とか花札したりとかが楽しくて仕方ないのだ!
娘の在ない私に姫が出来たようで…あのネウロ君、話の途中で何処へ」
「薄気味悪いが、あんたのハーレムにその娘を引き取りに行きます。
大体、奴隷の分際で主人と平等な態度で接してくるなど生意気な。調教してやる。
ところで父上は処女性にはこだわらない御人でしたね?」
「つまり、お前が嫌われ役をやると」
「父上と違って、その娘に嫌われようが憎まれようが痛くも痒くもありませんので」
「…無茶しないようにね。壊したらダメだよ?
あんまり嫌がるのを力尽くでとか可哀想だから。籠絡するんだよ、籠絡。
私には出来なかったが若いお前なら、」
「壊すほど暇ではありません。口説き落とすほどの手間も面倒だ。
…あまり乱暴にする気はありませんが催淫薬くらいは使うでしょうね。
もちろん慰め役は父上にお任せしますよ。
要は父上とその娘の精神的関係性をそのままに、
娘の体に快楽を教え込んでやれば良いのでしょうが。
あんたは嫌われず、娘も女の喜びを知る。
そうなったら娘の女心を掴むのも容易いでしょう。せいぜい体の方も愛でてやるがよろしい」
「我が息子ながら怖いなー…実はイフリート(魔神)だったりして」
遠い眼で浅く笑んでいる父を置き去りにして、いつもは近寄らないハーレムへ
父親のアホさ加減をぶつくさ愚痴りながら向かった我が輩を待ち構えていたのは
…あの諺、何と言ったか、ああ、「ミイラ取りがミイラになる」だ。
父親の情けない様子を事あるごとに思い出す、
そんな痛烈な自己批判を我が身に覚えるはめになるとは。
アホも遺伝するのか、やっぱり。
日本人には珍しい淡色のショートヘアと瞳、少しばかり中性的な顔立ち。
涼しげな音を発する白い喉。
ともすれば少年とも見紛う薄い体は、すらりと長い手足を有して
それでも、それらは全体的に見れば、やはり女特有の柔らかい曲線で出来ている。
真っ直ぐこちらを見上げたヘーゼルの眼差しには媚びも卑屈さも無く、
かといって拉致された事実を責めるでなく
相手の人となりを見抜こうとする意思に満ちている。
なるほど、この娘。心と理知が良いバランスで伴っているらしい。
このバランスがもしも、どちらかに偏っていたなら親子共々、振り回されずに済んだだろうに。
だが、この出会いの時に我が輩は見抜いた。
娘の瞳の奥に隠そうにも隠し切れない怯えが、やはり存在している事を。
風が通るような感覚を持っていようとも、いや、そういう感覚の持ち主だからこそ
感情に振り回される。
実に好ましい。
嗜虐心が、煽られる。
「何処ですか、ここ…。ハーレムを出たら叱られるだけじゃ済まないって、
家来の人達に散々言われてるんですけど」
「ここもまたハーレムだが? ただし、我が輩のな。…と言っても
実質使っていないから使用人以外の女は貴様しか居ないが……ふむ、貴様、
性別は女で間違いないか?」
「質問に悪意を感じるよ。…やっぱり息子なんだ、顔つきがなんとなく似てると思った。
性格は全然違うみたいだけど。お父さんの方はもっと優しいもん、ひょうきんだし」
プイとそっぽを向く動作に、我が輩は笑う。
まだ世界は自分の為に有ると、神は自分に味方していると信じて疑わない愚か者の所作。
身分の差異を意識もしない、まっさらな一個の人間を我が輩は笑ってやる。
その優しくてひょうきんだと言う男は貴様を一時、息子に売ったのだ。
自分に都合良く仕立てさせる為。
当主以外は皆、家臣であり家来であるのは、第一王子とて変わらない。
我が輩もまた、あの男に尽くしてやる事で跡継ぎというこの地位を保っている。
どんなに憎まれ口を叩こうとも、結局使役されているのは、こちらの方。
この国では、特に王侯貴族の世界では一家の主こそが神に等しい。
それを受け入れなければ命さえ危うい。
我が輩は我が輩の安泰の為、生きる為、貴様に催淫の毒薬を流し込む。
To be continued...
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