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泣きたいくらい、幸せな夢を見た。

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顔を上げて、視線を合わせて

渦巻く新緑を覗き込む

陰に彩られた漆黒の奥の奥の奥

二重螺旋の向こう側

見通し切れない闇に絡め捕られて

落ちて

墜ちて

堕ちていく

身動き出来ずに眼を閉じると

頬を包む革の親指が下唇をなぞる

促されるままに少し開くと、瘴気混じりの吐息が近付く

はじめは額に、

次は瞼に

頬を掠め、

耳朶を食み、

頤先を辿り、

反対の頬に口付ける

軽くリップ音を立てて落とされる唇がくすぐったくて眼を開ける

整い過ぎた顔が近くにあって

少し動揺

心臓が突然動き出す

全身に熱が点り

例外無く顔が火照る

「熱でも出たか」と揶揄い

陶器の額を合わせる

白磁の皮膚は私の熱を吸い上げ

体温の無い体に伝導する

ヒトではないのに

奇妙な温度の肌を摺り寄せ

一人分の熱を共有する

名を呼ばれ

呼び返す

嬉しそうに細められた眼が煌いて

反射した光が瞳を灼く

思わず眼を閉じ

溺れているように喘ぐ

硬くごわついた生地を掴み

助けを求めるように

赦しを請うように

呟く

唇を掠める距離で

この名を囁くその声は

からかうように

縋るように

慈しむように

絶望に叩きつけるように

繰り返す

その度に地上のものではない何かが

肺腑に這入り込み

血液に浸み込み

脳髄を侵蝕し

内臓に隈なく行き渡り

熱を高めて溜まっていく

頬を包んでいた両手は

片方は腰に

もう一方は後頭部を支え

項を擽りながら更に天を仰がせる

気管が開き

口が開く

待ち構えていたように覆い被さる唇

冷たく

柔らかい

ヒトのものではないそれが

呼吸を奪い

思考を熔かし

理性を砕く

啄ばむように触れ

縋るように押し付け

何度も

何度も

咬み付くように

貪るように

合わされる

ぬるりと冷たい舌が侵入し

歯列をなぞり

私のそれを引き摺り出し

絡め

舐め回し

何から何まで

私の全てを

喰らい尽くすかのように

蹂躙する

呼吸も出来ず

神経も焼き切れ

快楽に身を委ねる

唾液を啜り

融かされ

解かれた心を嚥下して

私は闇に揺蕩う













































接吻






++++++++++






初稿 090721






山ナシ意味ナシ落ちナシの
意味不明散文テキスト


せめて色気は欲しかっ…た………(ry



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白、赤、緑、それから黄色。
窓に打ち付ける雨で輪郭を無くし、光だけが滲んで見えるここは、外界から切り離された異世界のよう。


弥子は冷えた窓ガラスに両手と額を付き、無心に異世界を眺めた。音を立てるもののいない事務所は静まり返っている。
ほぅ、と息を吐くと温い呼気でガラスが曇った。なんとなく気に入らなくて目を眇めると、窓から離れようと踵を返した。
「ネウロ」
居なかった筈の魔人が、トロイを挟んだ向こう側で腕を組みながら此方を見ていた。表情から読み取れるものは何もない。
「どこに行ってたの?」
「貴様には関係ない」
「さいですか」
とりあえず外出の理由を問うものの、バッサリと切り捨てられてしまい言葉を無くす。
………ばかみたい。
弥子は再び窓に向き直ると両手と額を外界との境界に押し付けた。目を閉じて、言いたかった文句の代わりに長い息を静かに吐く。
再び立ち込める沈黙。
切り裂いたのは閃光。そして轟音。
雷がすぐ側まで来ている。
替わって事務所の中は耳が痛い程の静寂が満ちている。
水の中にいるみたいだ。弥子はそう思った。
そう。まるで水槽に沈んでいるみたいに外の世界はぼやけている。囚われた緋金のようにゆらゆらとたゆたい、透明なガラスの外を見つめた。
「何を、見ている?」
ネウロは音も無く弥子の背後に移動すると、その細腰を捕らえた。長身を曲げ、弥子の肩に顎を載せて深く抱き込み耳元で囁く。
「なんにも」
「そうか」
「ねぇネウロ」
「なんだ」
弥子は窓から手を離し、くるりとネウロに向き直った。ネウロはそれに合わせて身体を伸ばし、しかし弥子をその長い腕の中に収めて彼女を見下ろす。
弥子はネウロを見上げ、にこりと笑うと彼を突き飛ばした。
ギシリと小さな音を立てて、ネウロを乗せた革張りのアームチェアがトロイの天板にぶつかった。弥子はネウロのジャケットの襟を掴み、その膝に跨る。
「珍しく積極的ですね、先生?」
「そう?」
ネウロはそのまま弥子を引き寄せようと、回した腕に力を込めた。しかし弥子は応じず、ネウロの胸を軽く押し返す。
「なんだ?」
首を傾げるネウロをクスリと笑い、弥子はそのガラスの緑を覗き込んだ。
「金魚…みたいだなって」
薄く敷いた白砂利と少しの水草、彩りにカラフルなビー玉を入れた金魚鉢。そこにゆらゆらとたゆたう緋金。
捕らわれて、囚われて。狭い空間から歪んだ世界を覗くだけ。それは、今の自分と何が違う?
出遭った瞬間から既に奴隷と称して捕らわれて、日々愛情表現と称して虐待のフルコース。実験、観察対象として囚われているのだから、これでは金魚と何ら変わらない。だから、こんな視界を霞ませる雨の夜は、少しばかり牙を剥く。ほんの僅かな反抗心。勿論只の気紛れな悪戯。しかもそれが彼の嗜虐心を煽ると知っているのだから尚のこと質が悪い。
ホント、どうかしてる。
「なんなのだ?醜い顔を更に見るに耐えんようにして」
「私が醜いとか、ネウロの目がおかしいんじゃないの」
「ほう…。戯けたことを言うのはこの口か?」
自分の思考回路に呆れて苦笑を漏らせばすぐこれだ。私の顎に中指を添えて上向かせると、もう片方の手で下唇をこじ開けて粘膜の縁をなぞる。軽く噛み締めていた歯列を開けば、すかさず黒革の指がねじ込まれる。奥歯の凹凸を確かめように、前歯の裏側を撫でるように、上顎の奥を擽るように、触れてくる。唾液にまみれてぬめる革に噛みつけばニタリ、卑らしい笑顔が浮かぶ。
「魔人を喰らうか、ヤコ」
ああ、こいつは、なんて嬉しそうに笑うのだろう。
この笑顔を壊したくないと思ってしまう私には、もう逃げる隙間なんて1ミリも残っていない。
弥子は首を仰け反らせてネウロの指を吐き出すと、観念したように彼の首に腕を回した。
「ねぇネウロ」
夕刻もとうに過ぎたというのに明かりを点けていなかった薄闇の部屋が、白昼よりも烈しい閃光で白く塗りつぶされた。
「      」
色を無くした刹那、窓を震わせる程の轟音に紛れて掻き消えた言葉は、確かにネウロの耳に届き弥子をその長い腕に絡め囚えた。


白、赤、緑、それから黄色。
明滅するネオンがぼやけて世界の輪郭から切り離される雨の夜は、朱い緋金が緩やかに尾鰭をひらめかせて縁の青い金魚鉢を静かに泳ぐ。




































アクウムの夜














初稿 090410


+++++++++



なんか何が書きたかったのかよく分からなくなった話。
プロット?何それ食べられるの?
もっとドライでシリアスな感じになる予定だったのにな…。


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貴様の所為だ。

狭い部屋の中、薄く開いた窓から吹き込む夜風に白く溶けて消えた声は魔人の鼓膜しか揺らさない。

貴様の所為だ。

再び魔人は呟き、無感動に見下ろした女の頭を締め上げようと手を伸ばしたが、触れることが躊躇われて空を掻いた。

起きられては面倒だ。

魔人は一片の気配も洩らさずに女の横たわるベッドに腰掛けた。ギシリとスプリングが鳴いたが、安穏と惰眠を貪る女が目を覚ます様子は無い。魔人は苦々しい表情で女の頭の両脇に手を突いた。女の表情は魔人の影で僅かな月明かりも届かず漆黒に塗り潰されていたが、魔人たる彼には全く意味を成さなかった。

間抜けな面を晒して眠りこけている。おまけに貧相だ。全く歯牙にも掛けるに値しない。

しかしだ。何故そうであるにも拘わらずこんな、色気の欠片もない貧相な小娘を気に掛けずに置けないのだ?この、魔人ともあろう我が輩が!

魔人は上体で体重を掛けるようにして女に覆い被さり、肘を突いて女の顔を覗き込んだ。女の安らかな寝息がより身近に感じられて魔人は知らず目を眇めた。

「ん…」

寝返りを打とうとしたのであろう。押さえつけられて身動きが取れずに女が鼻を鳴らすと、唐突に魔人の思考が切り替わった。

瞳が見たい。

「ヤコ」

魔人は女の頬に顔を寄せて囁いた。どれほど眠りが深いのだろうか。数回繰り返して漸く女がその透き通る琥珀を魔人に曝した。

「んん……なぁに?ネウロ」

女は当然のように魔人の名を呼ぶ。魔人は驚いて瞠目した。

何だ?この女は寝呆けているのか?まるで初めから我が輩がいたことを知っていたかのようではないか。

「このウジムシ、主人が呼んだらすぐに返事をせんか。ミジンコめ」
「……ん。ごめん」

女はゆっくりとまばたきすると魔人の螺旋をぼんやりと見上げた。否、暗い上に月光が逆光になっているので魔人の顔は女には見えない筈である。しかし、女の双眸は的確に魔人を捉えて逃がさない。

不味い。

「なぁに?ネウロ」

女は間延びした声で、しかしはっきりと魔人に問い質した。魔人は己の失態を呪いながら、女の琥珀から眼を離せず鋭く睨むように女を見詰めた。

「貴様の所為だ」

威嚇するように尖った牙で女の柔らかい耳朶を掠めながら囁く。

「貴様が悪い」

掛かる吐息が擽ったいのか、女は小さく笑いながら身を捩る。

逃すものか。

魔人は女に馬乗りになると、がっちりとその痩躯を拘束した。耳朶から首筋に移行し、触れば折れそうな細頸に牙を突き立てる。ぷつりと柔い皮膚が弾ける感触と、饐えた鉄錆の臭いが咥内を満たした。

「なぁに?ネウロ」

女は三度、同じ台詞を繰り返す。

つまらん。

魔人は僅かに酸性に傾けた唾液で以て裂いた女の皮膚を舐った。ざらつく舌と酸の刺激でピクンと女が跳ねる。

「んっ」

女の反応は魔人の元来の嗜虐性を擽った。ざらりざらりと嘗めあげる度に、打ち上げられた魚のようにビクビクと跳ねるのが愉快であったが、如何せん微々たる刺激である。しばらくすると女の反応が薄くなったので、魔人は無意識に徐々に唾液の酸度を強めていった。

「っつ!」

女が悲鳴を上げて一際大きく身を捩るのと、魔人の髪を撫で梳いていた女の手が爪を立てるのが同時だった。

「なんだ?」
「痛いよ、ネウロ」

今更かと、今まで口を付けていたところに目を落とせば、そこは強酸で赤く焼け爛れていた。白い肌に濃紅に彩られた火傷が映えて、それは大層魔人を悦ばせる光景であったが、同時にこの生物の脆弱性を見せつけられて彼は顔を顰めた。

「何なの?」

女の口調は穏やかで、且つ、強く理由を求めていた。
この、魔人の行動の。

…………そんなもの、

「貴様の所為だ」
「え?」
「貴様が脆いのが悪い」

かぷりと火傷を咥え数度甘噛みし、離せば傷口はすっかり消えていた。

「それ、意味無くない?」

痛みが消え、女は首を傾げた。かさり、枕に髪の毛が擦れて微かに音を立てる。治したばかりの白く細い首筋が誘うように魔人に晒された。魔人は躊躇うことなく女の肩口に頭を落とし、片手で寝巻きの釦を外すと緩いその襟を寛げ、露になった膚に唇を触れる。口付けるように、味わうように耳元から腋までを往復して辿る行為がいつか読んだ小説の怪物と似ている、と魔人は口端で嗤った。

「治してやったのだ。感謝くらいしたらどうだ、雑巾」
「あんたが何もしなければ治してもらう必要なんてなかったんだから、私が感謝することじゃないでしょ」

女は抵抗もせずに再び魔人の行為を受け容れる。止まっていた小さな手が擦るように魔人の頭皮を小さく引っ掻いた。

「ほう…。もう一度やって欲しいと」

戯れに軽く牙を宛てれば焦ったように女の手が魔人の髪を攫んだ。

「誰もそんなこと言ってねー!ごめんなさい口が過ぎました首を喰い千切らないでください」

打って変わって女が騒ぐので魔人は下げていた顔を上げた。一息に言ってしまってくすくすと笑う。一呼吸置いて女がくるりと琥珀を回した。

「どうしたの、ネウロ」

しまった。
捕らわれた。

女が魔人の頭を引き寄せる。女の力など微々たるものだというのに振り払えず、ポスンと女の薄い胸に抱かれた。魔人は布団越しに女の心音を聞く。
とく、とく。

「ネウロは、何が怖いの?」

幼子に尋ねるような穏やかさで女の声が魔人の耳を震わせる。

怖いだと?そんなこと

「我が輩にそんなものあると思うか?」
「うん。じゃなきゃそんな目しないよ」
「そんな目?」

暫しの沈黙。女は魔人の問いに答えないが、制裁を加える気になれず捨て置いた。静寂が満ちる。

「私は、何をしたらいい?」
「………我が輩に聞くのか?」

唐突に女の声質が変わった。語尾が震える。疑問形の形をとっているが、真は既に決定している響きで持って魔人の耳に届く。この女は何時から魔人に人間の曖昧な心の機微をそのまま伝えるように喋るようになったのか。

「ネウロは、私を殺しに来たんでしょう?」

女は、断定した。

「!」

魔人は瞠目し、硬直した。
それは真実か否か。

我が輩は、果たして何がしたいのであろうか。行動原理は何処にある?そも、何がこの女の所為であったのか。
………解らん。
頭脳労働は我が輩の得意とする分野であるはずなのに、回路がショートしたように動かない。デバックしようにも解析対象範囲が広過ぎて手を付けられぬ。

元々足りなかったプログラムに関することを処理し切れずにフリーズしている魔人を差し置き、女は次々に重大な欠陥のあるアプリケーションへ大量のデータを押し付ける。

これは我が輩の分野ではないのに。

「どうして焦らすの?入って来た時にすぐ殺せば良かったのに」

カリ。女は魔人の頭皮に爪を引っ掛ける。

「違う」

魔人は布団に顔を押し付けた。くぐもった声で否定すると女はくすりと微笑い、魔人の頭を撫で付けた。

「ねぇ、痛いのは嫌だよ。きれいに、残酷に、あんたを忘れないように、優しくして?」
「黙れ」
「さぁ」
「五月蝿い」
「ほら」
「黙れ」
「ネウロ」
「黙れと言っている!」

魔人の言葉を聞かず、終焉を催促する女が心底鬱陶しく魔人はガバリと身を起こした。女は一瞬目を見開きのろのろと上体を起こすと、魔人と視線を合わせるようにベッドの端に身体を凭せ掛けた。魔人との距離が遠くなる。

逃すものか。

開いた距離が気に食わず、魔人は猫のように四つん這いで女ににじり寄った。僅かに身じろぎした女の瞳がきらりと月光に煌き、柔らかな光を湛えた。魔界には無いその色に魅せられた魔人が動きを止めると、細い腕が伸びてきて魔人を捕まえた。そのまま緩い力に引き寄せられて落ち着いたのは女の薄い胸。今度は寝巻き一枚に阻まれるだけで、女の心音と共に温い体温に包まれた。存外心地好いその腕の中で魔人は眼を鎖じる。細過ぎる腰に両の腕を廻し拘束すると、女の腕が魔人の頭をぎゅうと抱き締めた。頭頂に女の頬が柔らかく押し付けられる。女はそのまま角度を変えて魔人の旋毛に口付けた。

「私の何が怖いの?」

耳の近くで女の声が落ちてくる。そしてくすりと肩を震わして。

「それとも、まさか、私が怖いなんて言わないでしょう?」
「…………戯けた事を」

女の腕が緩んでその腕が背中に廻される。その手が女の方に戻され、魔人を引き剥がそうとするかのように肩に宛がわれると魔人は女に廻した腕をきつく締めた。

「私はね、ネウロ」

女が駄々を捏ねる子供に言い聞かせるように魔人に語りかける。

「あんたが望むなら、死んでもいいと思ってる」
「っ!」
「だからね、ネウロ」

サヨナラ

女の唇が音を発する前に魔人は自分のそれで以って女の言葉を呑み込んだ。女の唇を塞ぐのは手でも肩でも良かったが、そうしたのは単に身体を起こしただけで出来る一番簡単な動作だったからである。他意はない。目も閉じなければムードも何もない。女も妙に騒ぎ出したりはしなかった。

「…………なぁに?ネウロ」

あんたもそんなことするんだ。感心したような声音。

全く以って失礼な。

「貴様……我が輩がそんな真似を許すと思うか?」

ずいと女に詰め寄り女を壁まで下がらせると、晒された真白い咽喉を隠すように黒革に覆われた手でそこに繋ぎ留めた。女は息苦しそうに軽く天井を仰ぐ。

「ううん、思わないよ。折角ここまで仕立て上げた隠れ蓑を手放すわけないでしょ」
「ならば何故?」
「魔人の心をも読み取った証明に」

別に泣いて欲しいわけじゃないけど。と女は笑った。

「だってネウロは、私のこと嫌いでしょう?」

女の声は確信に満ちていた。それは確かに真実であり、大いなる間違いだった。指摘された事実に愕然とし、魔人は女を押さえつけていた右手を力無く放した。

「………我が輩は、」
「あんたの言いなりにならないから。あんたが喰べられないのを知ってるのに平気で食事するから。私があんまりにも使えないから」
「ならば」

魔人の反論すら聞き入れない今日の女は強情だ。しかし、いつものように力で捻じ伏せてしまえない魔人はその答えを聞きたかったのかもしれない。

女の口から、直接。そうすれば呑み込めると期待していた。内心を渦巻くこの感情の正体を。

「私が近くに居ることで、魔人の『脳噛ネウロ』が変質するから、だから私が赦せないんだよ。ネウロは」

かつて見たことがないほど穏やかな色を帯びた笑みを浮かべて女は魔人を見つめた。魔人はその胸の内の激情に一塊の氷が投げ込まれたように感じた。それは重く、冷たく、とても苦しい。

「…………違う」

そんな答えが聞きたいのではなかった。感情に疎い彼でさえそれが判った。女は間違っている。

「違う?」
「我が輩が、この魔人が、変質するだと?笑わせるな!」
「じゃあ何をそんなに怖がってるの?」

たかだか人間の私を。女はきょとりとその大きな琥珀を眩めかせた。するりと腕の中に入り込み、魔人の胸に額を擦り付ける。

「何も恐れてなどいない」

拗ねた子供のような口調になったのは、弥子が我が輩の背に腕を廻しこの空っぽの胸に頬を押し付けて息が詰まったからだ。そう、思いたい。

「……あんたは、空っぽなんかじゃない。感情も、想いも、全部私と変わらずに持ってる。まぁ、感動とかの基準はズレてるみたいだけどね」

女は笑う。自分のものではない振動で魔人の胸も震えた。まやかしの聴覚神経がカラカラと乾いた音を拾う。

そんなもの、我が輩の中には存在しない。

「自分が思ってる以上に、この変化に怯えてる」

この女は奇妙しい。自分の事でもないのに見てきたように語る。

忌々しい。

「弱体化することなど承知でここまで来たのだ。怯えることなど有る訳が無かろう?」

判ったような口を利くな。人間の分際で。

「そうじゃないよ。あんたは、自分の本質が変わるのを恐れてる」
「フン………何を言うかと思えば、くだらん」
「うん。くだらない。でもね、人って環境で変わるんだよ。私が、あんた曰く日付を越えたみたいに、あんただって、」

入ってきたときと同じように、女は呆気なく我が輩の腕から逃れ出る。僅かに俯き、黒革に隠された我が手を取る。そういえばこの手は何時ぞや直るまでの間、一晩中繋げておけと命じたのだとふと思い出した。それと同時に、どう足掻いたとて脆弱な人間と魔人である我が輩は相容れぬのだと思い知る。

「知った風な口を利くなミジンコ」
「知った風じゃないよ。知ってるんだよ、ネウロ」

女は小さな両の手で我が手を玩びながら即座に答えた。

「だから、ちゃんと待ってたでしょう?」

きゅ、と親指以外の四指を軽く握り、女はくすくすと笑う。何故だか胸の奥で何かが幽かに締め上げられる感覚を覚えた。

「きっと、私が厭なんだよ。ネウロが変わるの。迷って悩んでるネウロのこと見てられない」

「一人きりで、信念を貫いてて、崇い存在。そんなネウロが好きだから、今みたいに迷って揺れて、縋り付かなきゃ倒れそうなあんたは見ていられない」

「ホント…嫌んなっちゃう。全部私の自己満足。それなのに理想ばっかりネウロに押し付けて、勝手に失望してる自分も」

「ネウロがこのままホントに変わっちゃえば、私の気持ちも理解してくれるのかなって思ってる自分も」

「もう、全部が嫌だ」

女の言葉が理解できない。完全にオーバーフロー状態である。女の手に力が篭るのも、言葉尻が震えているのも、寝巻きの膝に零れた雫がパタパタと音を立てるのも、何もかもが理解できない。

「ごめんね、ネウロ。あんたは何にも悪くないのに。ねぇ、ネウロは私が居なくなったら笑ってくれる?」

あんたの笑う顔は好きだった。最近のあんたはいっつも難しい顔してたから、私が何かしたんじゃないかって。役に立たなくて見切られちゃったんじゃないかって、不安になる。と女は密やかに泣いた。

「泣くな。ヤコ、泣くな。貴様は笑うのだ」

魔人は女の頬に手を添え、その顔を上げさせた。艶やかな琥珀が溶け出して女の白い頬を滑り落ちる。魔人はその雫の跡を拭うように親指を滑らせたが、革に覆われたこの手は涙を伸ばして女の頬を汚すばかりでちっとも馴染もうとしない。それが酷く腹立たしく思えて魔人は柳眉を寄せた。

「……………今私が笑えって言ってるんだけど」

女はくしゃりと貌を歪めて小さく笑った。

「貴様の涙は見るに堪えん」

魔人は女の頬に顔を寄せ、己が拡げた涙の跡をべろりと嘗めた。人間が摂取することの出来る物質を受容する機能を持たない魔人の味蕾は当然の如く何の反応も示さず、ただ涙の成分である水分、微量の蛋白質やカリウム、ナトリウムなどミネラル分を認識するだけであったが、僅かに脳髄の奥が痺れるような感覚を覚えた。灼けつく様な粘質なそれは、しかし魔人にとって不快ではなく。

これが『甘さ』というものか?

「うっさいなぁ…で、ネウロは私が居なくなったら笑ってくれるの?」

女が居なくなったら。この女はまだ性懲りもなく我が輩から逃げられると思っているのか。何度言い聞かせてもその事実を理解しようとしない強情さに眼を瞠る。
が、女が居なくなったら。そのとき我が輩はどうするだろうか。
女が居なくなったら。代わりの奴隷を作り上げ、我が輩は食事を続ける。
簡単なことだ。考える必要すらない。

しかし、

「………貴様は、間違っている」
「え?」
「不可能だ」
「どうして?」

眼を閉じれば今のような儚げな姿で泣きじゃくる女が視界の端をちらつく。

堪らなく不快だ。
ただの、想像に過ぎぬというのに。

「貴様の所為だ。全て貴様が悪いのだ。我が輩にこんな感情を植え付けて、貴様は居なくなるのか?我が輩には解らんのだ。これがいったい何なのか。そら、ヤコ答えろ。この身を蝕む感情の名を」

くるりと掌を返し、女の棒切れのような両の手首を捕らえる。びくりと肩を震わせ、怯えを含んだ色の眼が魔人を見上げた。

違う。その眼ではない。
そんなものが欲しいのではないのだ。

「それは……………わかん、ないよ」

女は澄んだ琥珀をくるりと廻した。強い光を帯びたその瞳は魔人を捕らえて放さない。

ぞくりと、魔人の背骨を痛みに似た何かが這い上がった。

「何?」
「私が、間違ってるって言うんなら、私は、ネウロが何を思っているのかわからない。だから、答えられない」

女は再び顔を逸らした。濁らない琥珀が目の前から消える。

ああ。
判った。
我が輩はこれが欲しいのだ。
否、我が輩のものなのだから大人しく差し出す義務があるのだ。

魔人は女の顎に指を添え、ツイと上を向かせた。露に濡れた琥珀が魔人の前に曝される。

「……我が輩は、貴様が憎くて堪らない。たかだか人間の、小娘である貴様が心底憎い。確かに貴様は正しいぞヤコ。我が輩は貴様を殺してしまいたいのだ。出来得ることなら跡形も無く、貴様の存在を抹消してしまいたい。我が輩をここまで狂わせる貴様を、だ」

慎重に言葉を選んだ。一言一句違わずに、この、感情を理解する女に伝えるために。

「そ、う」

ひぅ、と咽喉を鳴らした女の顔は固定されて逸らせないので、眼を中空に彷徨わせる。我が輩は女の名を呼んでこちらに注意を向けさせた。

「だが、それでは駄目なのだ」
「………」

零れ落ちそうな琥珀の奥から、いやに真剣そうな表情の魔人がこちらを覗き込んでいた。

「貴様のような低能、本来ならばお払い箱にして然るべきだが、我が輩の何かがそれを許さんのだ。貴様以外が事務所に居るなど考えられん。これは、我が輩の食事の話だけではないぞ。貴様しか、考えられんのだ。今も、恐らくこれからも。貴様が共に在ることを望んでいるのだ。謎と、貴様さえ在ればそれで良い。もう一度言うぞ。我が輩は貴様を殺してしまいたい。だが貴様の全てが欲しい。さあ答えろヤコ、この感情は何と言うのだ?」

女が息を飲んだ。大きく眼を見開き、そしてくしゃりと痛みを堪えるように貌を歪ませる。反射的に顔を逸らそうとするのはこの女特有のものだろうか。顎を掴むだけでは足りず、両手で柔らかな頬を押し包む。堰き止め切れなかった雫が魔人の手袋を舐めた。

「……………それ、は、私は、ここに居ても、いいっていうこと?」
「我が輩の問いに答えろ」
「無理、だよ…」
「何故だ」
「だって、魔人なんてあんたしか知らない」

魔界生物の感情のパターンデータが足りないという意味合いなのだろうが、何やら胸の内がジリジリと焦げ付くような感覚を覚える。

「だろうな。そうでなければ殺している」
「私を?」
「そいつも、貴様もだ」
「どうして?」
「我が輩の所有物(もの)に手を出してタダで済むと思っているのか?」
「じゃあ私は?」
「どこにも遣らぬように」

誰にも渡してなるものか。これは我が輩の所有物なのだ。生かすも殺すも我が手の内に無ければならない。この矮小なる生物はこの腕(檻)中に鎖じ籠めておくべきものなのだ。誰にも見せず、誰にも触れさせず。我が輩だけが知っていればよい。

「……………なら、一番近い言葉で表すとしたら」

「きっと、愛、だと思うよ」
そんな、歪んだ感情知らないけど。女は苦笑した。
「独占欲より激しくて、恋より優しいなんて、知らないもん」
「愛、か」

想像した以上に、この身の内にすんなり溶け込む言葉に驚いた。

「成程、これが愛か」
「そんな感じっていうだけね。愛ならもっと穏やかだと思うけど」

気の抜けたような笑顔を見せる女は非常に好ましい。

「フム………ヤコ、愛しているぞ」
「なんか物騒な雰囲気なんですけど」
「何を言う。我が輩の愛を疑うのか?」
「そんなことないけどさ……雰囲気ってあるでしょ」
「ほう。では先生、この未熟な僕にお手本を見せてはくださいませんでしょうか?」

女はふわり、涙の光る顔で嫣然と微笑むと小さな両手を魔人のそれに添えて自分の頬から剥がし、今度は自分から魔人の間合いに入り込んだ。身長差のある魔人を上目に見上げ、さっきとは反対に魔人の頬に両手を宛がう。そのまま右手を彼の頚椎に滑らせ、軽く引き寄せて鼻が触れる位置で止めた。
琥珀を塞ぎ、魔人の頬に己のそれを摺り寄せ耳元で囁いた。

「ネウロ、」

「愛してる」

空っぽのはずの胸が一瞬鼓動を刻んだ気がした。




































Sad And Beautiful World















初稿 090329



+++++++++



ザ・噛み合わない二人。
擦れ違ってないのに分かり合えないとか大好きです。
あと、何にもしてないのに空気だけやたらエロくて甘いとか最高だと思います。
殺すとか言ってるけど、これってゲロ甘ですよね?


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ある日の夕方。
西日が射し込む事務所では名探偵を冠する少女が再放送のドラマをぼんやりと眺めていた。
別にそれが観たかったわけではない。何でもいい。音が欲しかったのだ。

この事務所は静か過ぎる。

宿題をするには最上の空間であると言えよう。エアコン完備(主にパソコン関係と接客のため)、給湯室付き、ドリンクはセルフサービス(あかねちゃんが淹れてくれる)。まさに願ったり叶ったりだ。
ただ、静か過ぎる。

静寂(それ)は弥子が些か苦手とするものであった。
別にどうと言うほどのものでもないが、なんとなく、落ち着かない。暴君たるこの事務所の事実上の主は謎探しや知識収集に集中してしまえば後は静かなものであったし、彼の口の利けない有能な秘書が立てる物音といえばパソコンのキーボードを叩く音程度のものだ。ある程度のリズムを持つ音に因って、元々そう出来の良い頭を持っているわけではない弥子も類に漏れず、過ぎたる静寂は夢の世界への渡し舟として作用した。或いは思考の海へと引き摺り込む流れであったり、若しくは感傷の呼び水であったりすることもある。
とにかく静寂の中での作業は効率が悪いどころではなく、成果が上がらない。それを解消するためにテレヴィを点けたのだった。


「愚かだな。世界の中心があんなチンケな一枚岩だなどと思っているのか、セミめ」


唐突に口を開いたのは魔人であった。
数年前に流行した小説の実写版であるそのドラマ。弥子は魔人の問いかけに答えかねていた。好んで観ていたわけではない。単にあらすじを知っているだけである。


「物の例えじゃないの?でもあんな岩目の前にしたら世界の中心だと思っても仕方ないのかも」


ああ、あんなステーキがあったらいいのに。お腹がすいたと少女は呟いた。魔人は少女に聞こえるように盛大に溜息を吐いた。


「答えになっていないぞ、メスブタ」

「うるっさいなー。でも、憧れはするよね」


ね、あかねちゃん?と首を傾げて振り向いた。お下げの秘書は肯定を示すように毛先を振った。ロマンティックで素敵だとホワイトボードにペンを走らせる。


「全く、下らんな。貴様は心情を吐露する為だけにわざわざ海外まで行こうと言うのか」


魔人は憂き顔で肩を竦めて見せた。既に宿題など弥子にとって大した問題ではなかった。明日は朝一で小テストがあると一瞬不安が脳裡を過ぎったが、所詮その程度である。魔人の講釈の方が重要なことのように思われた。姿勢を正して魔人に向き直ると、彼はどこから取り出したのか指示棒をぱしぱしと掌に打ちつけながら嬉々として喋り出した。


「いいか。地球は球いのだそれはわかるな?ではその球体の中心には何がある?」

「マグマでしょ?」

「その通り、マントルが流れているのだ。それの流れによって地球は自転しているのだ」

「うん。でもそれって、ネウロが言いたいことと違くない?」


話題が逸れているような気がして魔人に問い質す。ふふんと目を眇め、勝ち誇ったような表情で魔人は首を傾げた。


「おや?ものわかりがいいな、ウジ虫。その通り、マントルは球体としての地球の中心ではあるが、世界ではない。貴様らの世界はその表面に過ぎん。さて弥子、貴様は何故ここに立っている?」


そう言いながらその長いコンパスを常識では到底考えられぬところへと動かし―――垂直に壁を登り、蝙蝠の様に逆さまに―――弥子の前に立った。立ち位置(ネウロは天井からぶら下がり、弥子はソファに座っている)の関係上仕方が無いのだが、弥子はどんな姿勢をとろうと魔人を見上げることしか出来ないことが悔しいと微かに思った。


「…地面があるから?」

「このクズめ。引力が働いているのだ。ふむ。やはり貴様ではこの発見は出来なかっただろうな。まあよい。引力がなければ貴様など遠心力で宇宙の塵にしかなれん」

「いちいち人のこと貶めるよね…。ていうか引力無かったら死ぬの私だけじゃないじゃん」

「そうだ。この引力は世界中どこにいても誰にでも等しく働いているのだ。球体なのだからな」

「……………だから?」


遠回りに何か言われても理解できない。というか、こいつの言うことに限り理解したくない。憐れむような目を向けられてカチンと来るが、ここはがまんする。いつものことだ。
でも、こう、何か仕返しする術はないものか。


「………はぁ。まだ我が輩の言いたいことも汲み取れんのか?つまりだ、誰でも何でもどこでも同じ力が働いていると言うことは、世界の中心など存在しないと言うことだ」

「いや、言い方が違うな。世界の中心はどこにでもあり、且つどこにもないのだ弥子よ」

「あるけどない?意味わかんないよ。矛盾してるし」


私は文型脳だけど、理科的なことを交えて説明されてもさっぱり分からない。脳が拒否反応を起こして異国の言葉かとさえ思う。
仕方ないじゃん!苦手なことの一つや二つあったっていいでしょ!


「だから貴様はコナダニだと言うのだ。どこにでもあり、どこにもないということは、世界の中心は個によって異なると言うことだ。故に貴様のような自己中心的な者の世界はまさしくその者を中心に回っているし、エアーズロックが中心だと言う者にとってはそこが中心なのだ」


失礼なことを平気で言うよね…と既に乾ききった脳で思っても涙の一滴たりとも流れない。慣らされてしまった自分に薄ら寒気がする。


「じゃあ、エアーズロックが世界の中心でいいわけでしょ?」


ふと、疑問に思ったのだ。彼が長々と説明した答えが私のそれと変わらないのではないかと。
今回ばかりは彼の鼻を明かしてやったと内心ほくそ笑んだりもした。しかし、魔人は全く苦し紛れに暴力を振るうつもりはないらしい。それどころか、いかにも憐れむようにこちらを見るものだからどうしたのかと訝しんでしまう。
そのうち彼はフンと鼻を鳴らした。


「…ふむ。そうだな。だが貴様の世界の中心は本当にそこか?そんな行ったこともないような場所が」


ニヤリと厭らしい、胡散臭いばかりの微笑みを浮かべ、ずいと私の前に立つ。座った私の前にはテーブルが鎮座しているのに、何だってそんな狭いとこに入ってくるのか解らない。


「じゃあ、ネウロはどこだって言うの?むしろ自己中で俺様なのはあんたの方………いえごめんなさい冗談です許してください頭を砕かないでください」


私と同じ答えだというのに、魔人が変に偉そうにのたまうのにムッとして口を吐いて出た文句は最後まで続くことはない。奴の前では本当に、卑下も謙遜も存在しないくらいに私は矮小な存在なのだ。


「ム、我が輩か?我が輩は…ここだ」


ネウロは親指で下を指す。…いや、指の意味が違うから。喧嘩なんて売られて買うわけがない。絶対適うわけがないだろうに、死ぬだけ損だ。(それでもそうして捨て台詞を吐く吾代さんにはホントに敬服する)
そんなことを思っているとグイと手袋に包まれた大きな手で両頬を捕らえられて無理やり視線を合わせられる。引きずり込まれる、渦を巻く底なし沼。
さっきよりももっと卑猥な笑顔で最後通告を告げられる。


「ここならば何もせずとも謎が飛び込んで来る。暇つぶしにはちょうどよい奴隷人形もいるしな。…そういう意味では貴様、なのかも知れん」



















































1分間の永遠

初稿 080907



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