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始まりと同じく、終わりも突然だった。
いつものようにネウロお気に入りの罰ゲーム付き鬼ごっこの真っ最中、爆発音と共に床に紅い魔法陣が浮かび上がった。

「ヤコ!ヤコ!なんだこれは!?」
「…」

とうとう来てしまった定刻。
私は魔法陣を見つめながらネウロの紅葉の手を取った。

「ヤコ?」
「さ…行こうか、ネウロ」

にっこりと笑ってやると硬直する体。

「どうしたの?ネウロ」
「どうしたのだヤコ?貴様おかしいぞ!」
「おかしい?どこが?」
「全部だ!」

ネウロは泣きそうな顔で私の足元に縋った。
引っ張って叫んでいれば全てが元に戻ると信じているかのように。

「ネウロ、大丈夫だから一緒に行こ?」

縋る小さな頭をくしゃりと撫でてやる。
ネウロは品定めするように訝しげに私を見上げ、やがてゆっくりと頷いた。

「いい子だね、ネウロは」

ネウロのきれいな顔は痛みをこらえるように歪んだ。



「ヤコ、これは一体なんなのだ?」
「さあ?私も初めて見るから…」
「…」

ネウロの顔はずっと私を見上げている。
らしくなく現実を直視しないように避けているのが可笑しい。
ほら、やっぱり可愛い。

「でも、これに入れば外に出られるよ」
「!?」

予想していたこととはいえ、事実を突きつけられて動揺しているところは人並みに子どもらしい。
すぐに軽い両足が止まって、いやいやと首を振る。

「ほら、ネウロ」
「いやだ!」
「ネウロ?」

怖気づくなんて、彼の中には存在しない感情なのかと思っていた。

「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!」
「どうして?あんなに外に行きたいって言ってたじゃない」
「嫌だ!我が輩ここに居たいのだ!」

地団太を踏んで望んでいた外の世界を拒絶する姿は痛々しい。
ごめんねと、私は心の中だけで謝る。

「ネウロ…」
「なぜだヤコ?我が輩が悪い子どもだからか?だからこんなことをするのか?」
「そんなことないよ。ネウロはとってもいい子だもん」
「ではなぜ!?」

奇麗な緑色の瞳を厚く覆った涙の膜が崩れて、やわらかな曲線を描く頬を濡らした。

「時間…だからだよ。これからネウロは外に出て、いろんなことを勉強するんだよ。嬉しいこと、楽しいこと、つらいこと、悲しいこと、たくさんあると思うけど全部ネウロのためになるから…」

どうか、健やかに。

「我が輩が邪魔になったのか?」
「…どうして?」
「勉強ならここでする!もうわがままなんて言わないし意地悪もしない!だからヤコ、」

私は膝をついてネウロと視線を合わせる。
小さな両手を手に取り、少しだけ首を傾けて訊ねる。

「ねぇ、ネウロは私のこと好き?」
「好きだ!ヤコが居れば何も要らない!」

ぎゅうとネウロが私の腕に飛び込んで叫んだ。
胸の奥が熱くなる。
彼はいつだって最後には何よりも欲しい言葉をくれる。
胸の底からジワリと何かが滲み出して、嗚咽を堪えることで精一杯だ。

「ありがとう」

こんなにも温かい気持ちにさせてくれて。

「私もネウロのこと大好きだよ」

世界中の誰よりも、私は幸せです。

「だからね、サヨナラだよ」

バイバイ、世界で一番愛してる。


立ち上がった私はネウロの小さな背中を軽く押し出した。
彼の体は蹈鞴を踏んで魔法陣へ飛び込んだ。
小さな爪先が紅い地面を踏むと、光る線は輝きを増し、ポッカリと奈落に導く穴が現れた。
ネウロは空中で体を半回転させると、驚愕の目で私を見上げた。


私は、ちゃんと、笑えただろうか。



「ぅわああああああああっ!!」

ネウロは絶叫と共にその背に大きな翼を出現させた。
私のとよく似た、七色に輝く闇色の翼。
それはまだ幼い彼によく似合っている。

「おめでとうネウロ、綺麗だよ。すごく!」

しかしネウロは不満そうに唇を引き結んだまま、私を睨み付けた。

「来い!ヤコ!主人の命令に従え!」
「無理だよ」
「なぜ!?」

私は自分の背中の翼を開いて見せた。
ネウロが息を止めた。
私は笑う。

「だって、もう飛べないもん」

私の翼に羽根は無く、白い骨が軋る音を立てて寒そうに在るだけ。
全部、ネウロに還してしまった。
そして、私自身も。

「楽しかったよ!バイバイ、ネウロ」

手を振るために右手を挙げると、紅い、血の色をしたリボンが絡みついた。
小さなネウロの手に繋がるそれに、強い力で引き摺られて穴の中に墜ちる。

「堕ちて来い、ヤコ!」

キラキラと、光子が背中の細い骨に纏わりついて、蒼く見えるほど白い白い飛膜に変わった。

「なんで?」

リボンを手繰り寄せるネウロの腕に墜ちると、ネウロは私の首にしがみついた。

「奴隷は主人に付き従うものだ、愚か者」

「貴様が居ない世界でなど生きたくないのだ」

「貴様の居ないところで幸せになんてなれる訳がない!」

「ネウロ…」
「言うことを聞け!我が輩と一緒に生きろ!」
「無理、だよ。だって私はネウロの力の一部だもん」

脚が、指が。
体が、在るべき場所へ還ろうと分散して見えなくなっていく。
透けた私を見てネウロが叫んだ。

「力が足りないなら我が輩がどうにかするから、勝手に消えるな、ヤコ。命令だ!これからもずっと一緒だと、死ぬまで我が輩のものだから守ってほしいと言え!」
「ネウロ…」

大きな緑の眸からこぼれた雫が、私の頬を通過して上へと流れていく。

「ヤコ!」

するりと私の体を通り抜けた腕に目を見開いてネウロが声を荒げた。
既に悲鳴に近いそれが、ありもしない胸に突き刺さる。

泣き顔は見たくないのに。
だから笑って送ろうと思ったのに。
それをさせない原因が私にあるなんて、なんという皮肉。

ああ。
神さま、もしもいらっしゃるのならどうか。

「……私も、ネウロと一緒にいたいよ」

愚かな私の、我侭を赦してくださいますか?

「当然だ。貴様は永遠に我が輩のものなのだから」
「うん」

ネウロの翼がヤコをも覆い隠すと、2人は深淵へと堕ちていった。



片割れを鎮る為に成長を止めた胎児は、その片割れの手により急速に成長を遂げ、双児として世に生を受けるに至った。
それは、かつての奇跡の話。



(ああ。そうだった、かもしれないな)

ネウロは闇に浮かび上がった片割れの、当時から変わらぬ白く艶やかな肌を、この世の全てから隠し独占するように深く深く抱き締めた。




fin.






++++++++++

RAD/WIMPSのオーダー/メイドを私がネウヤコ変換するとこうなるっていう話。
サムサラヤコが吸血体質なのとか、ネウロしか糧に出来ないとか、全部ネウロの好みどおりにネウロがヤコを再構築した、と思うとすごく萌えます。
あれ・・・?私だけ?
初代から続くネウロの初恋の相手はずっとずっとヤコしかいなくて、どのヤコも全部ヤコには違いないんだけど、兄ネウに関しては生まれる前からヤコに恋していたっていいじゃまいか。
二人目じゃないけど、ネウロに依存しないと生きられない妹ヤコは、ネウロの甘えが作り出した運命の相手。
しあわせになりたまい。


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